ルシが<イーノック>に気紛れのように時折言う“我儘”が、かれな りの“甘え”なのだということは。 最初の内から暫くは、天上に不慣れな彼と親しくするのに“わかりやす い”干渉の仕方だからだと思っていた。 だけれど。 イーノックが“ひと”の構造を留めるかれには変化の少な過ぎる長い時 の重みに耐えかねて、徐々にひとつの“不調”を進行させていたことに 気が付いた時のルシをみて。 本当にはっきりと、認識した。 ルシにとって、イーノックは私とはまた別の“特別”なのだと。 彼は“ひと”でありながら、私が“気に入った”ことから天上(ここ) に喚(よ)ばれることになり、天界に属して在る唯一の“ひと”であり。 またそれはルシの見守るべき“ひと”という存在の小さな流れのひとつ でありながら、“地上”からは切り離されていて。 仕事絡みでなくかれが接することが出来る“唯一の例外”でもあった。 だから。 彼の不調に、自分が気付かなかったのだと。 何事も起こらなかったように解決することも、緩和することも難しいの だと。 そして、彼がそうなってしまったのは、もしかしたら“彼が喚ばれた時 に居合わせず”、“話を聞いた時も結局、私にそれを取り消させること は出来ず”、そしていつしか“遊び相手”のようになっていた彼に自分 がただ我儘な都合だけで関わっていたのではないかと。 そう気付いた時のルシの嘆きは、もう落ち着いていた筈のかれがもしか してまたあの沈んだり暗かったりする気配に捕らわれてしまうのかと、 懸念もしないではなかったが。 ルシは、今度は膝を抱えて独りで自分を責めたり、自分が痛みをおぼえ ていることさえよくわからないかのように佇んで微笑んだりもしなかっ た。 諦めたくないと。 私の口癖を真似るように。 イーノックに向けた言葉で、眼差しで、表情で。 時折彼にもたらす土産や何かほかのもので。 彼に、関わり続ける。 溜息をつきながらも、憂いを纏わせながらも。 かれはけして、彼から本当に目を逸らそうとはしなかった。 それは、彼が“前のアダム”と違って、かれのことをずっと“好き”で 居てくれたから。 ルシが訪れるのを楽しみに待っていてくれて、顔を見て、名を呼んで、 笑ってくれる。 困らされることがあっても、振り回されることがあっても、仕方なさそ うに笑って、妥協と許容を示してくれる。 ・・・それは、どこかルシと私、の何時ものルシを逆転したようなそれ にも似ていて。 そして、やっぱりどこか違うものだった。 だから。 私は、<神>が全てを垣間見ることが可能な<世界>の“記憶”の中で。 時折、透かし見る。幾つかの時の断片。 彼の前でルシのみせる見たことの無い表情に。 時に微笑ましく。 そしてまた、時にほんの少しだけ、羨む。 何となく口惜(くや)しいような思いも、全くしないわけじゃない。 だから、私は彼のことも好きだが、大丈夫だろうかと。 <後継者>である彼に対して、ルシとこれから過ごすことになるかもし れない存在に、どんな思いを抱くのかと。 私もリリスのように歪みに寄ったりはしないかと、自分の心を見失わな いよう探れば。 ・・そこにあるのは、仄かな寂しさと、かれがもうあの時のようではな いのだという嬉しさと、始まりの時からかれと共に期限まで遠く過ごし て来たのだという誇りと。 記憶に在る彼の笑顔と、私に応えてくれる声。 書き続ける静かな横顔。森の木陰で躍動し、時に方々を散策する姿。 俯き、そしてまた上げられる顔。あの眸の色。 ・・・かれらの在る<世界>と共に過ぎて今がある、切ないような暖か さと幸福感。 かれらの旅の終りが首尾よく叶うなら。 優しい彼に、大切に創り上げて来た<世界>を託し。 大事なルシを独りきりにすることもないのだと。 それできっと私は、満足なのだ。 ルシはずっと私の“特別”で。 イーノックは私の選んだ“例外”だから。 あの子たちが笑っていてくれるなら、私も嬉しい。 ・・・覗き見は趣味が悪いって? ・・これは、“唯一<神>”の持つ特性の代表例のようだから。 まあ、ある程度までは、勘弁してほしいな。 私は、“無意識”的には“全て”を目にしているのだから。 これは本当に、“私という個”が“特に”“意識”を向けたほんの少 し、なんだ。 流石に、いつも“見て”たらいい加減にしろとルシにぶん殴られそう だよ。 ・・・ああ、そうだよ。 <神>は全てを知ろし召す、だ。 本当は、そんなに大して、自覚してはいないのだけれどね。 では、私と一緒に。 かれらの旅の行方を見届けようか。 END. <Second>-third :Lucifel →8頁に戻る <Second>-third :Lilith |
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