<Second>-third :Lucifel エルの仕事部屋を後にした私は、随分離れたところで立ち止まって。 ふと、自分の右手を見た。 握ってみる。 ・・・・・エルを、殴った。 “ボケツッコミ”でいうなら“ツッコミ担当”かというくらい何か言 うのは私で、エルは時折懲りずに些細な何かを別の形でやらかしていた り、稀に“なんでそうなるんだ”のような経路の過程で物事を決めよう として私に怒られたり叱られたりすることは別にそう酷く珍しいという わけでもない。 大概は悪気なんてものがあるわけではなく、基本的にかれは“遊び”の 要素を入れようとする以外では仕事には真面目で、そういつも常態で叱 り飛ばしているわけではないのだが(そんな状態だったら、おそらくと っくに私は何度もかれを殴っている)。 言葉や態度で叱ることのほうが多いが。 軽く肩や頭の辺りを小突いたりとか。 愚痴らしきものを言いながらごねて私に張り付こうとする、何らかの理 由で作業にちょっと“飽きた”かれの腕や手をぺしりと軽くはたいたり したりする程度の“手が出る”なら、珍しくも無い。 ・・でも、さっきのは一寸違った。 私は、“怒って”“殴った”。 かれは、複雑な要素をひとつのものに集約する時や、かれがそのつも りなのとは別の意味がある物事に対して“こういうことか”と後で気が 付くようなことがあるが。 それ以外にも、自分で制御できない思考回路というか、はっきりと“こ うだ”と説明できない“結論”を“すっ飛んで”示すことがある。 それが“ひと”が言う、知らないはずのものを知る時の“直感”のよう なものなのか、かれが有する情報をある意味“予見”のように、違う形 で解析した結果なのかは知れないが、おそらく大概はちゃんと意味があ ることが多い。 だから、私が怒るのは基本的に、かれが“懲りてない”ことを遊びの要 素のうちでやろうとしていたり、関連の強い別のものに及ぶ影響を考え ずに何かを組み合わせようとした時などが多い気がする。 今回は、少し違う。 些細なことをやらかしたかれを後で知って叱るのとも、良い意味でも時 折悪い意味でも諦めが悪いせいか別の形で似たようなことをしたりもす る“懲りない”かれに怒ってみせるのとも違う。 かれは、天界や自身や“ひと”に関わる重要なことは、これまで必ずと 言っていいほど私に“こうしたいんだけど、良いかな”のように、要望 という形の意向を示してくれていた。 まあ仮に私が“ダメ”と答えたところで正当に理由がなく止めるわけは 無いので、“こういうことをするよ?”と知らせてくれているのに近い んだが。 ・・・だが。今回は“それ”が無かった。 明らかに、失敗が判明したことを隠しているような態度に、どこかの星 で実地に試す前の大型実験過程的な何かがろくなことにならなくて、管 理補助の天使が苦労する羽目になったとかとでも思ったら。 ・・・“ひと”を。 “地上”の人間を“天界の書記官”にする? 経緯が思いつきと迂闊であることは、まあエルなので仕方が無いと言え ば仕方が無いのだが。 私はかれがそれを私に単に伝えなかったというか“隠していた”ようだ ったのが気になった。 ・・・どうしてだ? 私が、“それは嫌だ”と言うとでも? 発端が思いつきと迂闊だろうと、いつものように“こうしたい”と伝えてく れていたなら、私は“ダメ”までは言わずとも・・“あんまりいいと思わな い”とか程度を口にして、結局折れていたと思う。 勿論、心配はある。 “此処で創られたもの”ではない。“地上で生まれたひと”が此処に急 に喚(よ)ばれて、ずっと此処に居る。 “彼”は天使では無い。“ひと”には不確定要素が多い。 私は、“現在”より先の“天界”を目にすることは出来ないが。 誰なりとそんな経緯のある“先”を、“喚ばれる前後”の“実際”のあ る<分岐>は。今まで目にしたことがなかった。 ・・・だが。 エルが“選んだ”のだ。 “個人”を指して。 それが・・全くの無意味だとは思わない。 時折、“ひと”のように“ただの思いつき”と気軽に言えないかれを気 の毒に思うことがあるが。それゆえにかれのそれは、“何か”である可 能性を含んでいる。 けれど。 私が戻るまで“伏せよう”としていたのが心配になった。 ・・勿論、それすらも“必要なことである”可能性だってあるんだが。 もう“半年”も経っていてエルは“気を変える”つもりはなさそうだし。 大丈夫なのか、その連れて来られたという“彼”は。 考えていてもきりがないので、幾つか質問をしてみたが。 思いつきで喚ばれてしまった?、という以外ではエルはほぼ淀みなく回 答する。かれの中では何らかの“想定”があるのだろうか。 私が、心配することでは無いんだろうか? 憂いを振り払うようにして、もう一度だけ確かめるように真剣にその “選択”について尋ねた私に、エルは改めて暫く考え込み。 「・・・・。 やっぱり、私が彼を気に入っただけなのかもしれないなぁ」 独り言のように呟いて。こちらに視線を向けて笑って見せる。 ・・・・・・・・・。 その、表情が。別にふざけているわけでもないのに。 何故だか。・・何かを真似ようとして失敗したような。 そして何かを哀しんでいるような気がして。 そうじゃない、と急に私は強く“怒り”を覚えた。 エルは、エルでいいんだ。 何で、時には只々それだけじゃ、いけないんだろう。 そう思ったら、どうしても止められず。 距離を詰めて、エルの後頭部を割と本気で殴っていた。 ・・・ああ、何に怒っているのかわかった。 私は、本当に心配なんだ。 本当に、また似たようなことは起きないのかと。 それは“選択”したかれを、今度こそ取り返しがつかないほどに傷つけ たりはしないだろうかと。 そして、<神の代理人>が“個”として負わなくてはならない様々な理 不尽のようなものに、怒りを覚える。 間を空けずに踵を返して、歩き出しながら言い置くように告げる。 「君の気紛れと<神>の必然を見分けるのは本当に困難だな!」 いいんだ。 君は、君で良いんだ。 君には“本当のただの気紛れ”があるんだ。なきゃ、いけないんだ。 「いてて・・ 痛いよルシ〜」 どことなく“甘える”ような雰囲気の声が追い縋るように私の背に掛け られて一寸だけほっとする。 かれは私に怒っていないし、怒られて謝る様な態度とも全く違う。 これはじゃれたのを“押し退けた”に近いようなものだと捉えられたん だろうか。なら、いい。それで構わない。 私は、かれが私に意向を伝えることなく重要なことを伏せていたから、 心配させたことを怒っているのだと、そういう振りのまま部屋を立ち去 る。 これでこの決定事項は終いで、私はそれを許容したのだと。 軽く手を振って。振り返らない。 自分の拳を眺めた私は、ふ、と溜息をついた。 エルの理不尽にはっきり返してもいいと示されたことはあったが(少々 変わった方法で)。 ・・・これは、その内に入るのだろうか? もう一度の溜息を、飲み込んで。私は、気掛かりを片付けることにする。 早めに“本人”に会っておかないとな。 “地上人(ちじょうびと)”ではなくなってしまうのかもしれないが、 “ひと”を見るのも私の仕事のひとつだ。 名前は・・・・・<イーノック>と、言っていたっけな。 会いに、行ってみようか。 ラジエルに任されているようだから、とりあえずかれに聞いてからゆけ ば差し支え無いだろう。 私は、とりあえずもう少し気分を落ち着けようかと“跳ぶ”ことはせず。 そのまま、資料編纂室の方向にゆっくりと歩き出した。 2頁← |
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