ルシが黒い服しか着なくなってからの天使たちの反応は、少々“悪目
立ち”しはしないかと心配だったのだが。意外?にも、そんなことは無
かった。
最初は流石に少々驚いたようなのだが、概ね、かれが白以外の様々な衣
類を身に纏っていた時と、少々違うものの似たような反応を返したのだ。
かれが選び多少希望して変えることもある大概無駄のないその仕立ては、
違和感を持つような過剰さはないしかれの持つ色彩にも似合っているの
で。
自分達が着る白の差のようにその黒の差の多様さに、これまで同様に髪
や羽根色のような興味を見出したり、動きやすいものであることが多い
それの型や、実用でないささやかな装飾部位に調和する美を見出して。
最上級天使は相変わらず少し“風変わり”だが、才長けて“美しい”と。
相変わらず、ルシは天使たちの尊敬と憧れのようなものを受けていた。

 ある程度直接的に、具体的な会話などの遣り取りをする機会のある大
天使のうちには、少々対応が難しくなったとその気紛れのように見える
ものの頻度が上がったと呟かれることもあったが。
多少“苦手”にされることはあっても“嫌われる”ことは無かった。
 元々、まだ小さかった頃には確かに“人(?)見知り”らしいところは
あったのだが、大きくなってきてからはそれほどでもなくなっていた筈
のそれがまた表に顕れたとでもいう風に。
何かの失敗を恐れるかのように、時折臆病なほどの敏感さをちらりと閃
かせるルシのほうが何らかの理由で“苦手”にして近寄ろうとしなかっ
たりしても尚、かれらの反応や評価のおおまかなところは変わることは
無かった。
 かれらは基本的に穏健であったり純粋であったり無邪気であったりす
るためもあるが、<神>である私が“許容”しているものを独自に“拒
否”することはない。
それが、大方の“天使”の在り方なのだ。





 以前、ルシに“他の天使”とかれの違う部分を教えようとして、ふと
“その時点”では周囲には無い[概念]を引っ張り出して来て、“首を噛
む”という行動をとってみたが、そもそもかれを含めて“天使”は“首
が急所である”という概念が存在しないので、単に“これまでやったこ
とのない『痛み』を与える行動”としかみなされなかったようだ。
急所である首を“攻撃”されても逆らわないのは“恭順”の証であり、
相手に向かって喉元を晒すのは“生命(いのち)を委ねる”意味があるの
だ。
私と[概念]を共有している部分のあるラジエルのほうは、何となく意味
と意図を理解したようだったが、私に次ぐ[概念]の[知識]を有している
筈のルシのほうは、ずっと疑問符を浮かべたままだった。もしかすると
不用意なそれと、更に別の“連想”を防ぐためにそういう点にも“制限”
が掛かっているのかもしれない。
 ・・・結局、ルシにそれ以上を“説明”する気になれずに有耶無耶に
終わらせてしまったが。
・・仮に私が歯を立てるだけではなく“首を咬み裂いたとしても”。
ラジエルは、同じように(流石に眉を顰める以上は示すだろうが)私の行
動自体を拒絶しないだろう。
もしもルシに対してそんな行動を取るのを目にして、ルシが痛がって困
惑したり怖がっているのを見たら“可哀想だ”とか“哀しい”とか思う
だろうが。割って入ることが“出来る”可能性は低い。
それは、ラジエルが“天使”だからだ。

 私に最も“近い”存在であるラジエルですら、普段一見ルシよりも遠
慮が無いようにも見える風な口をきいているが、思考範囲より上、つま
り言動や行動に出る分では制御が掛かっている。
思考の自由度が高く、<神>の選択や私自身、ほかあらゆることに多面
性や複雑な関連性が発生しえることを[知識]や記憶、管理する膨大な情
報からも承知しているため、そうそう一方的なものの見方はしないが。
仮に、私がかれに直接関わりがある以外での“ラジエルからみてもそれ
はどうかということを決行した”としても、やはりラジエルは色々な可
能性と様々な考察と数々の方策を思案した末に・・私に遠回しな提言か、
忠告のようなものを口にするに止(とど)まるだろう。かれが私に無断で
何らかの手段を講じることは、単に明確な行動に出したら私に筒抜けだ
からというだけではなく、“神の決定を妨げる行動に出る”こと自体が
非常に難易度の高い方向性だからだ。

ちなみに、これらのことが“仮にも起こり得る”のは、ラジエルが他者
にそれほどの関心や親しみを抱(いだ)けないから、ではない。
ルシを例に挙げれば、かれら同士は個としてかなり仲が良い。
“私とルシ”に次いで付き合いの長い間柄の上に、双方が別の形で情報
収集管理の双璧なので、理解がありつつ特に遠慮のない様子で話すし、
極々々々稀に議論のようになっているとラジエルの口調のせいもあって
まるで口喧嘩でもしているかのようなことすらあるがそういうわけでは
ない。
不在の長短に関わらず定期に不定期に、移動している場所や時間先から
の連絡を途切れずに貰ったりしている私と違い、ルシが天界に居て更に
気が向いた時か用がある時にしか顔を合わせないため、たまに私はもう
聞いているがラジエルは聞いていない雑談や必要以外の断片情報などを
ふたりで遣り取りしている時など、私が顔を覗かせてみても暫く構って
貰えず放置されて拗ねて見せるなんてこともある。
・・・それでも、なのだ。


 もうひとつ、関連するようで少々異なる例を挙げるとすれば。
仮に私が、「理由無く、存在を失う結果になる行動を“命じた”」場合
に。
ラジエルは『仕事を放り出すことになるが、後は大丈夫なのか。代わり
がちゃんと創られるのか』等と色々懸念するとしても、その命自体はお
そらく拒否しない。
ルシに向けて告げたら、まずは理由を質され、理由が無いなら何故それ
を選ぶのかを聞かれ、選ぶ経緯すら無いのだとしたら、従うことを拒否
するだろう。
自身と言う“個”への愛着や生存本能の有無の問題ではなく。
<神>の命に対する普通の天使とルシの応対の違いである。
ルシは、私が<神>だから助けたりその選択に従ったりしてくれるので
はなく、私が“私”であるからそのために在ろうとしてくれる。
自分のための“否”ではなく、私のための“否”だ。
 ラジエルにも、私という“個”に対する親しみやそれによる助けにな
ろうとする感情なども確かに在るのだが、優先条件のようなものが違う。


 孵ったばかりの時に“刷り込み”にこだわってみせたルシだが、かれ
自身は“刷り込み”については、“神を助ける天使が私(エル)を嫌いに
ならないためのもの”だとしか思っていないようだ。
その様はどこか“子供が親しい間柄のお呪(まじな)いを信じる”ような
純真さがあって、それ以上を“掘り下げ”ようとしない。
おそらくそれも、かれに内在している“制限”のうちなのだ。


 ・・・天使は、私(かみ)に“真の意味で異を唱えることは無い”。
疑問を呈したり、それはどうなのだろうというような曖昧な不賛成を示
すようなことや、他の方策を示すことなどは、個性のわかりやすい大天
使たちだけではなく、純化された無邪気を見せる中天使や、神である私
が“大好き”で余り複雑なことは考えない小天使ですら可能だ。
だから、<世界>のための様々な物事を検討の為に協議することも実
(じつ)があり意味がある。
だが、かれらの存在の“最前提”である“私自身”や“私が下した決断”
を明確な行動に出してまで“拒絶”することは無い。
自身が“天使”であることを疑問に思ったり否定することも、“神の定
めたもの”の拒絶に繋がる。
ゆえに、それらを完全に行えるものは、“天使”ではなくなる。

 “天使”という区分に在りながら、その枠から外れることなく<神>
への“拒絶”を行うことも可能なルシは、唯一の“特別”なのだ。
・・・・・だからこそ私は、かれが“信じるに足る”ものでありたいと
いう願いを、けして忘れることはない。
かれがもしも“拒絶”を選ぶことになれば。
私が、自分が掛け替えなく大切に思っている筈の優しいかれをどれほど
の悲哀に陥れることになるのか、想像したくもないからだ。



***



 2番目の<アダム>に対する私の“刷り込み”は、天使に施す“神へ
の最前提”ではなく、もうひとつの一時的な“養育者への親愛”を促す
ほうに程近い性質のものだ。互いが保護者と被保護者であることを円滑
にするための。
・・だけれど、アダムは成長の過程でそれを取り込み、焼付け、独自に
その身の内で変えていった。
 アダム・・・いや、リリスは“ひと”ゆえに。
自らの意志で、私を“愛”し。
自らの意志で、私への“拒絶”を選んだ。

 ひとには、その“選択”が許されている。






 ・・“愛”は不思議なものだ。
伸び行く草木や、いきものを好ましく思う時のものもあり。
暖かで優しい、胸の奥で灯り続ける明かりのようなそれもあれば。
リリスのように、好意から発しているはずのそれが別の好意を拒絶し、
傷つけ、そして自身が跳ね返るようにまた傷つくものもある。
ただ、大事に思うものに手を差し伸べるそれもあれば。
大切だからこそ、それを許さないものもある。
取り巻く多くに向けられるそれも。
たったひとつに向けられるものも。
 ・・・けっしてこの手で“掴む”ことは出来ないのに。
 それでも、それは確かに存在するもの。
ゆらゆらと揺れて、時に燃え上がり焼き焦がす、炎のように。
たゆたいさざめき、時に浸み込み深みへ攫う、水のように。
遠く空高く旅行き、時に巻き上げ散らし尽くす、風のように。
深く静かに結晶し、時に多くのものと共に崩れ去る、石のように。
ふわりと広がりまた降り積もり、けして永遠に留められずに流れ散じる、
時と光のように。
きっとそれは、<世界>のいずれにも、存在するもの。




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