わたしは、目の前に突きつけられた“現実”が信じられなかった。
どうして、どうして。
これまでただひとつ、“最初のひと”となるためだけに過ごして来たと
いうのに。
何故、わたしの生み出した最初の“卵”は・・・
時間が経つにつれて脆けていった白い殻と、上手く生成されなかった何
色ともつかないよくわからない形状の中身を、保卵器の柔らかな座の上
で崩れさせているのか。
何よりも肝心なそれが上手くゆかないなんて、そんな、そんな事が。
有り得ない!!

“卵”の様子をその場に居ない時でも詳細に見守っていただろうエルに
は、経過が全てわかっていたのだろう。
隠しても仕方がないと思ったのか、何だか様子がおかしいのが心配で目
を離さずにいたけど結局疲れて眠ってしまっていたわたしに声を掛けて
起こすと、愕然としているわたしをその腕で支えてくれた。
その背は、もうこちらより僅かに低かったけど。
これまで数多くの“卵”を創り出して無事に孵して来たのだというその
手は、落ち着かせるように軽く腕を叩く。
かれの胸にはないけれど、わたしの胸の中心にある“核”の鼓動のよう
に。とん・とん・とん、と。
「・・落ち着いて、アダム。
まだ、一回上手くいかなかっただけじゃないか」
諦めるのにはまだ早い、と静かな声が告げる。
それに・・・それに、もしも、悪いほうに考えたとしても。
何かの理由でどうしても上手く行かなかったなら、ずっと“箱庭”に居
たっていいんだよ。
本当に此処で暮らすことになるなら、十分に準備が出来たら外に出て天
使たちと一緒に何かの仕事をして貰ったっていいんだ。
だから、心配しないで。
君の居場所が無いなんてことは、けして無いんだから。
 ・・・まだ、声を出す気にもなれなかったけど。
わたしが何に衝撃を受けているのかは、<世界>を動かすそれこそ“出
来ない”では済まされない仕事をしているエルには、規模は違うものの
何となく共感めいたものでわかったのだろう。
<神>であるエルがもしもかれの助け手である“天使の卵”を“創れな
かった”としたら、それは即ち<神>の資質の発端の時点で躓くような
ものだからだ。
 エルの希望(のぞ)みと違っていてもいいのだ、ということはわたしを
少しだけ衝撃から掬い上げた。
・・・そうだ。わたしは“エル”をずっと憧れのようにどこかで手本の
ようにしようとしてきたが、わたしは<神>であるエルと“同じ”では
ないのだ。
エルの役に立てないかもしれない、ということはとても悲しい気持ちを
引き起こしたし、ずっと此処にいるということになれば、エルとかれの
ことを羨む想いから逃れるのはきっと難しい。
それでも。
ほんの少しだけ安堵して、優しい腕と胸に縋り付く。
エルは、わたしを“好き”でいてくれる。
わたしのそれとはどこか違うのだろうけど、それでも。
それは幼い頃からずっと、私の一番大切な支えなのだから。






 けれども。
一旦エル自身の言葉によって宥められた筈のわたしの不安と混乱は、結
局その後深化していくこととなった。
あれから数度生み出されたわたしの“卵”は、どれも満足な結果を見る
ことは無かった。
本来は、もっともっと長い期間をかけてゆっくりとひとつづつ生み出さ
れる筈の“卵”は、わたしの焦りと“願い”からか本来の何倍もの速度
で、まるでわたしの時間だけを速めるようにかたちを成してゆく。でも、
当然ながらそれは良い結果には結びつかなかった。
やっぱり殻がもろけて保(も)たなかったり、なんとか孵っても早すぎて
本来成る筈の姿まで到達しないままそのまま命を落としてしまったり、
想定された姿とは程遠い上に弱弱しくやっと身動きする様子で・・やっ
ぱり長くは保(も)たなかったり、と。
それは、わたしの“本能”に刻まれているのだろう“庇護”と“育成”
の欲求を著しく傷付けた。
本来の目標とは違っても“わたし”は“大丈夫”なのだと、理性は告げ
ているのに。ずっと目指していたそれが実現しないことと、矜持のよう
なものがそれを掻き消す程の響きで叫ぶ。そんなことは望んでいなかっ
たのだと。
深刻そうな様子を見せまいと度々顔を見せてくれては落ち着いた様子で
心配してくれるエルの声と手すら、時に煩わしく感じる。
あなたが、あなたの存在と希望(のぞみ)がわたしを苦しめているのだと。
間違っては居ないけれど、どこか違う理由が意識を占拠しようとする。
・・・本当は、今、わたしを苦しめているのはわたしの理想(ねがい)と
わたしの執着(おもい)なのだろうけど。
 暫く独りで居たい、と告げたわたしに。
エルは頷いた。
無理をしなくていい、君自身のほうが、“理想(ゆめ)”ひとつよりも大
事なんだ。その機能を止める決心がついたなら、私に言ってくれと。
小さな卵は物質としてはわたしの身体に目立った負荷を掛けることは無
かったけれど、身の内に集う力を頻繁に縒り集め続けたそれは、わたし
自身に必要な身体を構成し維持する力も過剰に消費して疲弊させる。
“正しく”ないその様子は意識と思考に負荷を掛け、殆ど食事を採る気
も薄れてしまっていて。結局、“願い”とは逆に卵の生成はおそらく現
状もう止まり掛けているのだろうけど。わたしを、“わたし自身”を生
かそうとする生存本能ゆえに。
少し、静かに考え事をしたかった。
エルの申し出を受けるにしろ、それからのことを考えたり相談したりす
るにしろ。わたしには、きっと時間が必要なのだと。


 “箱庭”の中を休み休み、ふらふらと彷徨い歩く。
何処も見覚えのある場所ばかりで、エルやかれ、世話をしてくれる天使
の姿も記憶にあって。
此処は嫌いじゃない、好きだったけど。
本当は、約束されていた筈だった“本物”の風景と大空に囲まれて。
“地上”でエルの“夢”のように暮らしたかったのに。
寄せる湖の波に足を浸して腰掛けていた、水の上に張り出した大樹の枝
から水面を覗き込む。遠く霞を漂わせる淡い青のそれは、岸辺に近い此
処では透明に透き通ってわたしの姿を映し出していた。
・・・エルや天使たちとは一寸違う、ほんの少し丸く尖った長い耳先。
成長につれてやや上がり気味の眦になったわたしの容貌は、大きめの瞳
で緩和されていたがすっと通った各部分と薄い口元で、整っている代わ
りに少々硬質かもしれない印象を与える。
背を覆う柔らかに広がる長い髪や肌の暖かな色合いがそれを和らげてく
れていたけど、何となくやつれたような覇気に掛ける雰囲気は拭えない。
背は少しだけ上だけど体つきはエルと余り変わらない細身だから、悄然
と肩を下げているとどこか弱いような印象もしてしまう。
溜息を落として、裸足の足先で水面を揺らがせる。
水の輪が、緩やかに広がってゆく。
ぱしゃり、と離れた場所で軽い水音がした。
目を上げると、此処に棲む大きな白い翼を持つ美しい“馬”がこちらを
みている。純白の身体に淡い黄色の鬣は、少しエルを思い出させた。
その明るい黄金一色の瞳が、僅かに傾げて気遣うような様子でわたし
を覗っている。
微笑みを向けると、そっと水上を蹄で歩いて近寄ってきて、滑らかなそ
の額をわたしの膝に押し当てた。気配を読み取って慰めてくれているの
だろうそれに、鬣を撫でることで礼を返す。
・・かれらは、どうなるのだろう。
わたしが居なくても、地上にかれらだけの世界は成り立つのだろうか。
それとも・・・。
 胸の奥の、核が痛む。
わたしの代わりに、またいつか、新しい“ひと”がつくられるのだろう
か。


 彷徨い歩いた末に、辿り着いたのは結局。
まだ何事も問題が持ち上がっていなかった頃の“何時も”の“わたした
ち”がよく過ごしていた、小さな森の中に開けた緑の草地だった。
ごく幼いころの最初の記憶の風景も、大概此処に帰結する。
でも最近は、雨が降った時などの為の休眠用の小さな“宿り”のひとつ
の傍に保卵室として作られた建物から離れたくなくて。
もう随分来ていなかったような気がする。
 草地に置かれた木の卓と椅子。
わたしと、エルと、かれと、時にはほかの天使と。
円卓に揃えて置かれた椅子は四脚。
緑の草地の中の白っぽいそれを目にしたけれど、記憶ばかりが過(よ)
ぎるものを引いて席につく気力は無かった。
何処かから、果物の爽やかで甘い酸味を感じさせる香りがするけれど、
好物のひとつだと思うそれを探しにゆこうという気も湧かない。
それよりも前に、大気や、周りの木々や大地からでも力を分けて貰っ
て、何か食べないといけないともわかっているのに。
草地の周りを囲む木々を眺めながら、一本を背にして座り込む。
・・・・疲れた。
 諦めなきゃいけない。辛いけど。
落ち着けばきっと、また別の目標も見付けられると。
裸足のままの足先で柔らかな青草をとん、と投げ出した踵で押してみた
時だった。
本来の状態よりも数倍敏感になっていたわたしの聴覚が、耳慣れない
“違和感”を音として感じ取る。
音の発生源を捜して、辺りを見回す。
「・・・・【何処】?」
独特の振動を込めた音を声にして、網状の触覚のように周囲に投げ掛け
た。・・・反応は、在る。
木々の中に少し分け入ると、木登りに丁度良い大きめの樹が現れる。
釣布をして此処で眠ったこともあった。
その見覚えている筈の幹の根に近いほうに、見たことの無いものがあっ
た。
それは、微かに歪む、小さな小さな亀裂。
「・・・・【何】?」
探査の音を投げ掛けてみるが、どうやら直接危険なものでは無いようだ
った。慎重にそばに歩み寄り、その指一本分あるかないかの裂け目にそ
っと耳を澄ます。先程歪みの奏でる音で気になったのだから、何か聴こ
えないかと思ったのだ。
・・・すると、聞き覚えのある声が聴こえた。
「・・・・ルゥ?」
誰かと話しているようなそれが気になって裂け目に手を掛け、“力”を
込めて引き開ける。
その向こうには、入口の歪みよりももっとよくわからない光景が広がっ
ていた。


 茫漠と広がる空間の気配。
 しかしそれは、捩れ、歪んでいる。
 不規則な位置関係。
 上か下かもよくわからない。
 そのよくわからない黒のように広がる空間の中空なのか壁面なのか床
 面なのか天面なのかの様々に、亀裂のようなものが所々にあった。
 黒く沈黙しているものもあるが、仄かに光を放つそれらの幾つかには、
 異なる“場面”が映っている。
 一番近いそのひとつから、エルの声が聴こえた。
 わたしの感覚は、この場所に見慣れない“異質”と“違和感”と“閉
 鎖感”のようなものを微かに覚えたが、エルの声が気になってそれを
 押さえ込む。
 引き開けた隙間を両手で更に広げると、その中に滑り込んだ。
 足場は少し心配だったが、ふわりと浮いた感触からして気にしなくて
 もとりあえず平気そうだった。呼吸などにも問題は無い。
 空間の内を泳ぐようにして、その声が聴こえる亀裂の前まで辿り着く。
 それは一本の線を空間と言う布地の面に入れ、内側から固いもので少
 々膨れ上がるように引き開けられたようなような不思議な裂け目。
 ぺたり、とその浅くでこぼことした岩のような感触の、光を宿す“画
 面”に触れると、ゆら、と“絵”が揺らいだので慌てて手を引く。
 これは不安定なものらしい。
 途絶えた声に少し慌てたが、再び絵が映し出され、先程聴いた気がす
 る同じ音程の“言葉”が再び聴こえたので気が付く。
 ・・これは、同じ場面の断片が映っているのかもしれない、と。
 改めてその風景を眺める。

  わたしの目にした事の無い、ごちゃごちゃと細かなものと幾つかの
 大きさや形の違う卓が置かれている、木と石で形作られている風な部
 屋。
 汚れている印象は無いが何となく雑然として、それでいて何らかの調
 和する秩序があるようなそんな雰囲気。
 大きな窓から差し込むその床の日差しの中で、エルとルシフェルが細
 かな紋様の縫い取られた厚手の布の敷物の上に座り込んでいた。
 エルは沈鬱な表情をしていて、ルシフェルは宥めたいのだけど困って
 いるようなそんな感じで、かれを見ている。
 ルシフェルはよく先の時のものだという様々な色彩の衣類を身につけ
 ていた最近では珍しく、エルや天使たちが着ているのと似たような白
 の系統の、けれど少し型の違う動き易そうな服を着ていた。どことな
 く一部の形状に見覚えのあるそれは、かれが持ち帰った先の時の衣類
 の特徴を取り入れて、衣類担当の天使が作ったのだろうか。
  『アダムが、倒れた』
 先程聴いた言葉が、もう一度耳に響く。
 ・・・・倒れた?
 『・・一体で、生み出すものに多様性を持たせようとした私がいけな
 かったのか』
 敷物の上に落ちるその声も、重く、沈んでいる。
 陽のような光を宿す短めで跳ねの多い金の髪は、俯いても顔を隠しは
 しなかったけど、それでも陰影は影を作り出す。
 いつもは光を時折ちらちらと躍らせている筈の黄金の眸が、暗い。
 『エル・・』
 そうっと伸ばされた腕がいつもと逆のように、慣れないような仕草で
 エルの髪を撫でた。
 その手が引き戻されようとした時、エルの両腕が伸びて強引に掴み寄
 せた身体をしがみつくように力一杯抱き竦める。
 『・・・。エル』
 宥めるように、ただ呼んで。
 伏せた眼差しをどこでもないやや高い位置に向けて、ルシフェルはそ
 れを許容した。片方の手が動いて、届く場所にあったエルの服を掴む。
 『大丈夫。
 ・・・私は、初めから終りまで。君と“此処”に居る』
 日差しを背にして黒に見える眸が、閉じた瞼の内に消える。
 それは、もう音も無く。静かな風景で。
 もっと近付けばきっと呼吸の気配しかしないのだろう。

  ・・・・秘め事を、目にしたような気分になった。
 誰も目にすることも無い、かれらだけの。
 かれらが、普段わたしの前では見せようとしないこのようなものが、
 かれらだけのこんな時間には在るのだと。
 互いしか感じないように身を寄せ合い、みじろぎひとつしないその親
 和性に。ふとまた、押し込めて鎮めて忘れて、蓋をしていたつもりの
 感情が蠢き出す。
  エルは『アダム』と音にした。
 倒れた、は記憶にないけれど。
 かれが沈んでいたのは間違いなく“わたし”のことで。
 なのに。
 なのに、やっぱりエルが話をするのはかれなのだと。
 心配されているのはわかっている。
 わたしは気遣われていることも・・・でも。

  記憶の隅を、あの金を帯びた白の薄物が翻った。
 ルシフェルは特別な天使で、時を渡り、絵札のように重なる数々の
 “差異”を目にすることが出来る。
 だから、『これは様々の可能性のひとつに過ぎない』のだけれど、そ
 のうちのひとつなのだと。
 気に入った衣類を着て来て見せてくれるだけではなく、まだかれを拒
 んでいなかった頃にはエルやわたしに着せてみたいものも持ち帰って、
 楽しそうにそれを眺めて嬉しそうにしていた。
 はっきりと何がどうなるのかとか、そんなことを語ることは決して無
 かったけど。きっと居心地の悪くない風景なのだと。
 そうわたしが信じられる程には、かれは先に在る時から笑顔と共にそ
 の気配を持ち帰って来ていた。
 ・・・・けれど。
 そうじゃなかったのだろうか。
 かれは、よいものだけを取り上げて、そうでないものは隠し。
 わたしがそもそも始めにすら辿り着かない“札”もあるということを
 教えてはくれなかったのか?
 いや、意図的にそうしたのではないのかもしれないけれど。
 でも。
 かれが“そうなってほしい”ものを辿ってわたしにその欠片だけを見
 せていたとしたら。
 それは確かにエルの希望(のぞみ)の風景だったのだろうけど。
 ・・・・選択を助ける筈のそれは、正確に機能したのだろうか?
 あの薄布はやっぱり綺麗で、打ち捨てるには思い切りがつかなかった
 からかれが掛けた枝にそのまま軽く結んで置いたけど。そのうちに失
 くなっていた。
 動物たちの誰かが気に入って持っていったのだろうか。
 それとも、放置されていたそれを落胆したかれが拾い上げて、わたし
 の代わりに別の誰かに贈ったのだろうか。
 ・・・例えば、エルとか。
 きり、と胸の奥が痛む気がする。
 エルに贈れば、かれは綺麗だなときっと喜んでくれただろう。
 同じような色彩を身につけたら埋もれるかもしれないけど、それはそ
 れで似合うのじゃないだろうか。
 ふわりと笑うエルを想像する。
 あれからルシフェルはずっと姿を見せなかった。
 わたしに拒否されるのに疲れたのかもしれない。
 わたしも、かれを目にするたびに感情に苛まれるのに疲れた。
  同じ時間を切り取ったように、繰り返しエルとルシフェルの一連の
 遣り取りを映し出し続ける画面に、ぼんやりと目を向ける。
 エルには、わたしは必要じゃない。
 ルシフェルが居ればいいんだ。
 わかっていたけど、目の当たりにはしたくなかった。
 ぼんやりとした意識のまま、辺りを見渡す。
 幾つか点燈している“画面”からは、わたしが気を引かれるものは聴
 こえては来なかった。
 更に遠く奥に、わたしが入ってきたような“歪み”のとても微かな気
 配がしていたけど。別に、何も聴こえないし。
 ・・・もう、出よう。
 

 幸い、入った所は閉じてしまっていたりなんてことはなかった。
狭間のような場所から、再び引き開けて“箱庭”に戻る。
歪みを元通りに極小さく狭めて草地に戻ると、辺りは何時もと何も変わ
った様子は無い。暫く居た筈なのに、陽の具合さえ移った気がせず。
今日の空は晴れていて、青い。
暖かな日差しと柔らかな風が時折頬を撫でてゆく。
微かに、“鳥”たちの歌う和音が聴こえて。
・・・・。
悪い夢でも見ているような気分。
どちらが、夢なのか。
今は現実なのか、未来は何処に在るのか。
わたしは一体、何を信じて、何を夢見ればいい。
・・・胸が苦しい。思考が霞む。
 ふらふらと、再び歩き出す。
白っぽい木で造られた建物が見え、それが保卵室の外観であることに気
が付く。
扉を開けて中に入り、空っぽの保卵器の前に力尽きてへたりこんだ。
もう、何を選べばいいのかわからない。
わたしはこの“箱庭”しか知らないのに。
エル、と小さく口中で音にせずに呟く。
此処で、わたしが頼れるのはあなたしか居ないのに。
エル、ともう一度今度は口の形だけで。
祈るように。
・・・絶叫が口をついて、天窓から陽が差し込む天井に向かう。
地上の多くを育てる太陽の光。
それは<世界>を育てるエルのようで。
けれどそれは今は焼け付くように、この表皮を、身の奥にある筈の核を
焦がす。それでも、
「・・・・エル!!」
どうか助けて、と。
薄れる意識の中に、確かにかれの答えと気配が返り。
嘆くようなその呼ぶ声音と抱え上げてくれたような遠い感触に、ふと悟
る。
 ああ、あの光景はきっと、“未来”だった。
特別な黒い鳥だけに目に出来るもの、ではないのだ。
何だか場違いな優越感の様なものを抱(いだ)いたまま、わたしはそのまま、
深い深い意識の奥底に落ち込んでいった。




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