おまけ。<Berry> 「そうだ。 この実が降って来たんだったら、どういう意味になるの?」 既に食べ終わっていたナンナたちに私の分の黒苺を少し分けると、も ぐもぐと咀嚼していたナンナがふと思いついたようにルシフェルに尋ね た。 かれは少し首を傾げると、 「柔らかい実だったらどうか、というのは書いてなかった気がするな。 ・・・・・ああ、でもそういえばその種類の黒苺かはわからないが、伝説 が一つ載っていたぞ」 と、可笑しそうな口調で続けた。 「私が呪(のろ)いを掛けて毒苺になった、といわれている地方があるんだ そうだ」 ナンナが咀嚼を一旦止めてかれに目を遣る。 「ルシフェル・・食べてるときに怖い話を言わないでよ。びっくりするで しょ」 まったくもう、といいながら呑み込んで見えない薄水翠の眸で軽く睨んで みせる。 「いや、これはさして怖い話というわけではないんだ。 ・・妖精の話は、したことがあったかな」 たしか、以前なにかの説明のついでに聞いたことがあった気がする。 「確か・・・“地上”に近い別の世界などに住むという伝説の、不思議な生き 物のことだったか?」 「そうだな」 と頷いてみせてからかれは続けた。 「妖精たちは木の実や草の実が好物だが、人間は見つけると全部取って行 ってしまったりするからね。 そこで、酸っぱくしたり人間が食べられなくなる呪(まじな)いを掛けて、 好物が取られないようにしたんだそうだ」 どうやら私は妖精の仲間入りをしたようだな、とくすくすと笑う。 天上に住む鳥である天使と、“地上”に近く住み様々な姿をしているという妖 精ではなんだか随分違うような気もするが。人にはどちらも不思議ないき もののうちだからだろうか。 なんとなく感慨深く眺めてから、掌の上に残っていたうちの一粒を摘む。 「もしも、貴方が呪(まじな)いを掛けるとしたら。 それは人間が全て摘んでしまう前に、神に土産にする分を持ち帰るためだ ろうな。 ・・・ルシフェル」 ん?と向いた顔の口元にもっていくと少し困った顔で溜息をつかれた。 「・・イーノック。 だから、分けた分は全部おまえのだから。 私は摘んだときに味見したよ」 天使(みつかい)は人間のようにものを食べなくてもいいので、ルシフェルは 色々な人間の飲食物を口にすること自体は好きなようだが、沢山食べたい というような感覚はないようだ。気に入った味のものを土産にくれても、自分 の気に入った味を私も気に入るかどうかや私が食べて満足するかどうかな どが関心ごとであって、一緒に食べるという発想は無かったらしい。 以前“タイヤキ”というお菓子を箱入りで持ってきたときに、ルシフェル も食べるのだろうと思ったらただ私の様子を見ているだけだったので、一 緒に食べないのかと尋ねて判明した。 食事につきあってくれたこともあったが、やっぱり何か違うというか。 しかし。私は人間なので、両方が美味しいと思うものは一緒に食べたほう がより美味しく感じると思うのだ。 ・・・ルシフェルは中々この感覚はわかってくれないのだが。 「いつだか神が、『ルシは私の“はんぶんこ”をイマイチわかってくれない』 と嘆かれていたぞ」 む、と少し心外そうに顔をしかめたかれは仕方ないとばかりに手を伸ばす と私の指先から黒苺を受け取り、それは口の中に放り込まれる。 「エルはなんで、私があげた分けられるものは“半分”にしたがるんだろ うな。私はエルに用意した分は全部あげたいんだ」 苺を片付けたルシフェルは溜息をついて呟く。 「神様は“一緒に食べる”もわかるのかしら?」 ナンナが最後の一粒をネフィリムの口に放り込んで首を傾げた。 「・・さあ。 エルに一緒に食べようと言われたことはないけどな」 「・・やっぱりちょっと違うのかな。 まあ、でも。面白いわね」 ナンナがくすくすと笑う。 “地上”に過度に干渉する堕天使たちに反するものたちが集まった自由 の民。その長老にあたる人物に拾われて育てられたというナンナは、最初 に出会って暫く後に再会し、私が“地上”の伝説で語られているというイ ーノック本人であること、そして私とルシフェルが“塔”にやってきた事 情と目的を知ると、神様は何を考えているのか?と率直に尋ねてきた。 地上も神様がつくられたものなのにこの状態を放置しておいていいの? 堕ちて来た天使(みつかい)は元々天のものなのに監督不行き届きというも のではないの? などなど。 だけれど私が、自分の知る限りの神の様子を話したりそれにルシフェルが 混ざって何か言ったりしていると、一応納得してくれたようだった。 「・・・。そうね。 わたしは神様を知らないけれど。 あなたたちが信じているなら、わたしも信じようと思うの」 ルシフェルの口にする<エル>という神の名は、“地上人(ちじょうびと)”であ るナンナの耳には普通の音には聞こえないらしい。でも気配はわかると。 表現するなら“光という歌”かな、と言う。 それは少し不思議な響きの言葉だったが、なんとなくわかる。 さて、そろそろ出かけようか。 “塔”の頂はまだ遠い。 「行くか? イーノック」 「ああ、頼む」 「ネフィリムー、行くわよ」 賑やかになった旅は、まだまだ当分続きそうだ。 黒苺の残り香と共に、今日の一歩をまた踏み出す。 END。 →<Nuts>に戻る |
参考本:「実」(秋月さやかさん・野呂希一さん/青菁社) ↑の本の木の実と黒苺のネタからふと思いついたものを書いてみたかっただけ。 な小話。こっそり細かい捏造設定を押し込んでみたり。 ネタメモ自体は<Tell>を書く前のもので、<Berry>部分をナンナちゃん視点で書いてみたら、まだ 基本篇でのイメージ決まってなかったこともあってダメダメすぎて一旦ボツorz 今回ノクさん視点でおまけ扱いにしてやりなおしてみました(でもやっぱりぐだぐだTT)。 元々ぼんやりと“冥界トラブルフラグ”と思っていたので、夢の内容は一寸加えました(木の実の種類 は未定だったので書きながら団栗?→栗)。 ちなみに本来記載されていた黒苺の呪いは“追放時に落ちたルシフェルが〜”です。 フェルさんはノクさんたち向けに考慮したこともあって堕天ネタを省いて妖精ネタと同じというのみで 話しました。 20110211:up |
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