<Snow>



 「・・・これで、出来たのか?」
馴染みのないもののせいか、素材が判っているためか、どうも不安に感じ
てしまうのは考えすぎだろうか。
 大きさを決めて円を描き、その内側を踏み固める。
やや平たい半球状になるように、雪を積み上げ上から踏んだりして固めて
ゆき、風向きと逆になるように入口を決めて中をくり抜くように掘る。
最後に、壁の厚さを適切にほぼ均等になるように内側の空洞も円状になる
ように仕上げれば完了だ・・そうだ。
“スコップ”という名前らしい、先が四角く広く平たくなっている金属の
大きな匙のような掘る道具をそばの雪に刺して、一息ついた。
木の柄以外の持ち手と匙の部分は“アルミ”というもので出来ているそう
で頑丈そうな質感よりも軽い。

私にこの雪の小屋?の作り方を教示してくれたかれは、作り始めた当初は
近くであれこれ言いながら眺めたり、もう一本の“スコップ”でちょこち
ょこと手伝ってくれたりしていたのだが、飽きたのか別の用なのか「ちょ
っと行って来る」と言い残して消えたきり、随分戻ってこない。
此処は一応この区域にある安全圏の中だし、かれが不在の間には、同行し
てくれている四天使のかたがたのいずれかは必ずどこか近くに居てくれる
筈なのでそういう意味では問題は無いのだが。
出来上がりの状態の外側から見た“絵”は視せて貰ったからわかるが、実
物を見たことのあるかれに確認して貰わないとこれで本当に良いのかどう
かすらわからない。
雪景色の白い中に点々と離れて、私の背丈の二倍ほどある灰色の石柱のよ
うなものが何かの形を描くように不規則に立ち並んでいるのは少々寂しい
風景だ。
白く見える息を吐き出しながらそこに立って見渡していると、此処にはず
っと自分ひとりしか居ないような錯覚が起こりそうになる。
風避けにはなるだろうから中に入っていようか、とひとつ溜息をついた時。
待っていた声が聞こえた。

「ただいま、イーノック!
中々よく出来てるじゃないか」
振り向くと白い雪の半球の上にしゃがんだかれが、ぽんぽんと強度を確か
めるようにその表面を掌で軽く叩いていた。
「私が乗っても平気だし、崩れる心配は無さそうだな」
機嫌良く言うと身軽く飛び降りたかれの姿に、貴方の重さで問題ないのか
とつい尋き返しそうになって思い止まった。
人間ではないかれは、“人”にみえる姿をしている今の状態でも見た目よ
りも大分軽い。その気になれば重さを0にすることも出来るのだろうけど。
昔、まだ数回会ったばかりの頃に、その基本の重さを記憶と重ねて「子供
みたいに軽い」と評して以降、ことある毎に『子供扱いするな』と怒られ
ている。・・また同じ事で怒られては流石に学習能力が無いと呆れられそ
うだ。
「おかえり、ルシフェル。
・・これで大丈夫か? 見た目はそれらしいと思う・・が」
少し首を傾げて確認したが、かれは楽しそうにぺたぺたと中と外を確認し

「んー。
ま、万一潰れてもおまえはこの程度の重さなら平気だろう?」
あくまで暢気な様子で、どこからともなく四角い容器のようなものと金属
の網を取り出した。更に敷物も手にして雪小屋の床に広げている。
手伝うことはあるかと尋ねてみたが、
「いや、いい。
おまえにはコレを作って貰ったからな。
悪いが、ちょっとまだ外で待っててくれ」
と四角い容器を敷物の上に置いてその上に網を載せると、中に向かって手
を翳す。すると、炎によく似た・・だが何かが違うものが中で燃え出した。
「炭の扱いは面倒だからな。
これでもまあ、いいだろう」
更に敷物の上に平たく膨らんだ四角い小さめの敷物らしいものを二つ置く
と、雪小屋の入口正面の奥の棚のような部分に縦長で上が尖った紙の箱の
ようなものと、更に小さな紙箱と包みを置いた。
かれはいつもどこか別の場所にものをしまっているようで、すぐ手に持っ
て来たものでなかったり壊れやすいものや嵩張るものだと、こういう風に
取り出してみせたりする。
以前にどうなっているのか尋ねてみると、簡易“ヨジゲンポケット”のよ
うなものだとか言っていたが、神の下さった翻訳機能でも説明がぴんと来
ずに諦めた。とりあえず、見えないし重くもない荷物入れということだろ
う。
「もういいぞ。
そのうち温まるだろうから、中に入れ」
了承の印に頷いて、刺してあったスコップとかれが放置してあったもう一
本を纏めて少し離れた雪上にしっかりと刺し直す。倒れてきて壁に穴が開
いたら困るしな。

 中に入って、ひとが一抱えする程の大きさの容器のようなものを挟んで
ルシフェルの居る向かい側に腰を下ろしてみた。
白っぽい光を宿す丸い硝子灯のようなものが壁の棚に置かれて、雪の洞
(ほら)の中と、僅かの間に暗くなって来ていた外の雪面を入口の形に照ら
している。
それは“ザブトン”って云うんだと一人用の敷物を指して言ったかれはま
だ何か作業中だった。網の上に柄のついた小鍋を置き、先程棚に置いた
箱の中身を入れている。
白色のそれは、炎の上で暖められてふわりと独特の匂いを漂わせる。
癖の全く無いさらりとした匂いは何の乳なのかはわからなかったが、ミル
クには違いないだろう。
くん、と鼻をうごめかした私の様子が目に留まったのか、くすりと小さく
笑ったかれはそのまま何も言わずに、艶のある濃茶色の小箱と半透明
の包みから粉状のものをそれぞれ食事に使うのとは少々違った銀色の
匙で掬うとミルクの中に漬けてもう一本の匙で溶かす。
箱に似た濃茶色の粉末と半透明の白い顆粒が白い水面の中に消え、ゆ
らりと渦のような模様を描いて、くるくるとかき回す動きにつられて均一の
色に変わってゆく。
ミルクのものだけだった匂いが、その気配を微かに柔らかく絡ませる甘い
独特の香りに変わった。
「・・・こんなものかな」
独り言のように呟いてルシフェルは手を止めると、鍋を炎から避け、また
どこからともなく取り出した取っ手の付いた茶碗二つにそれを注ぎ分けて
一つを私に渡してくれた。
「“ココア”っていうんだ。
美味しいぞ」
にこりと微笑む表情は、“かまくら”というらしいこの雪小屋の説明をし
ていた時の少し子供っぽくはしゃいでいた様子とも、ごく普段の平静な時
にみせるどことなく掴み難い風情とも、土産を持ち帰って私の反応を窺っ
ている楽しそうなのとも少し違って、穏やかに優しい。
温度を確かめながら匂いを嗅いでいると、箱を雪棚に戻していたかれがこ
ちらを見遣る。細めた目と口元が湯気の向こうで促すように笑っているの
で、少し吹いて冷ましてから口にしてみた。
「・・・美味しいな」
白茶色の飲物は、茶碗を通した熱で外気で冷えていた私の手を、飲み込ん
だことで胃の腑を温めてくれた。
一口づつゆっくりと口にしている私に、
「・・気に入ったか?
おかわり分はあるし、足りなければまだ材料はあるから作ってやるぞ」
ともう一度笑ったルシフェルが、あ、と思い出したように声を上げるとま
たどこかを探るように手を伸ばした。
その手には、やや中央が盛り上がった平たい円盤状のものが数個入って
いる透明な小袋があった。包みにはなんの模様も無く、留め具も赤い色
の付いた薄い帯のようなもので簡単に閉じてあるだけだ。
中身の大きさは指一節分くらいで、先程の粉末に似ているがもう少し黒っ
ぽい色をしている。
「菓子材屋でココアを眺めてたら、試供品だってくれたんだ」
袋を開けて一つを摘(つま)み出したルシフェルが、口元に持っていったそれ
を放り込む。もぐ、と一回咀嚼して嬉しそうに表情を変えた。
「うん。言ってた通りの、良い味だな」
食べかけた分を飲み込む仕草をすると、そのままこちらに残りの分を袋ご
と差し出す。
「ほら、これも美味しいぞ」
かれは人間のように食べなくても構わないので、飲食物を取ること自体は
殆ど嗜好の域だ。大概のものは一時(いちどき)には少し食べれば気が済
んでしまうらしい。
先の時代の珍しいものなのだから私ひとりが貰っていていいのだろうかと
も以前に思って尋ねたのだが、周囲が基本的に似たような存在ばかりな
ので人間の私に渡して“正しく”役立てたほうがいいのだとかれは真面目
な様子で言ってみせてから、直ぐに悪戯な風に瞳を眇めると、「・・なんて
な。まあおまえの食べるのを見ているほうが面白いだけだ」とくすくすとま
た、いまひとつ掴みどころのない表情でこちらを見ていた。
「・・もういいのか? あとひとつくらい」
かれの手の先から袋を受け取ってそのまま差し出すと、少し考えてから
「ああ」
と諾する声を返して、白い指先が私の掌に載っている袋から黒茶色の固ま
りを摘み出して、もう一度口元に運ぶ。
微かに、甘い香りがする。
飲み終わっていた茶碗を置いて、袋の中身をかれに倣って摘んでみる。
堅くも柔らかくもなさそうな感触だ。
「それは、そのまま直接持っているとおまえの温度では直ぐに溶け出して
しまうぞ」
忠告するような口振りに少し慌てて口に運ぶ。
くすりと揶揄ではなく笑んだ気配が続いたので、おそらく半ば冗談だった
のかもしれないが嘘ではないだろう。かれの手のほうが私よりも大分温度
が低いのだ。
咀嚼してみるとそれは印象の通り堅くも柔らかくもなく砕け、先程の濃茶
色の粉末に似た香りと、ほろ苦い甘さが舌の上に広がった。
「・・・・それ、と似ているのか?
これも美味しいな」
雪棚の上に載っている小箱を指して言うと、ふふ、と少し目を伏せた面(お
もて)が満足そうに微笑う。
「うん。素材は同じものだからな。
ああ、それ、は“チョコレート”って言うんだ」
それは製菓材料のいいやつなんだぞとかそもそも素材がどういうものかと
かなんとか後にひとしきり説明らしきものが続いたが、私は半分聞き流し
ながら雪の洞の中を満たすその声を呼吸するようにひとつ息をする。
もう暫くしたらかれが一段落して、私の話を聞いていたのか?と尋ねられ
るかもしれないが。
それまでは、この小さな暖かな洞(うつほ)の中に籠もる、かれの響きを聴
いていたい。
・・また、怒られるかもしれないが。

 何気なく外の暗さに目をやると、ちらほらと柔らかそうな雪が舞ってい
る。しんしんと、それは静かに冷たそうな気配を遠くまで湛えていて。
何となく、外が水で、此処はその中にある空気の球のようだと。
そんなことをぼんやり考えながら、私はとりとめなく話し続けるかれの顔
を眺めて。
もうひとつ摘んだほろ苦い甘みを、かりりと砕いた。


END.






20110214:

あの白いとこは雪なのか砂なのかわからないけど雪もあるかなあと。
引っ掛かるのはなくなったけど、まだちょっとだけ喋り慣れていない時期のノクさんという感じで。

<For〜>でぼそっと出てきた“ココアを作ってくれた”がコレです。親愛レベルだけど一応バレンタイン。
フェルさんはココアとチョコレートの概要の後もかまくらだの甘酒だの餅だの地方行事だのの話をしてい
ると思われる。そしてきっと半分しか聞いてないノクさんは後で怒られる。

文中では本来神棚の位置にあたる位置の凹みをフェルさんが簡易保冷棚扱いにしてますが
まあ気にしないでやってくだされませorz


そういえば今日14か、ココアのネタ上げられたらいいけどなー、まあ無理だよね。
とやっていたところ、夕刻過ぎに今日の寒さで「手が冷たい・・・寒い・・・。ん?雪?」ともう一つの構成要素
に気がついて書き出してまあなんとか日付変わるまでに間に合いました。
日付合わせとか初めてやったよ・・(おらの通常のパターンだとありえないから;)
まあ自己満足ですが良いとしよう・w・

ちなみに妙にしんとした気配入りで終わっているのは、ニコ動の某民族舞踊の使用音が気に入ったので今日
コメントにあったものを検索してタイトルを知って全文を纏めて読んだら、切なさがマッハ状態になってしまった
気分を引き摺っているせいかもしれない。
・・・まあ捏造基本篇のかれらは一時的にシリアスでも、基本的に根はボケなんですけどネ!(笑)





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