どこともいつともしれない空間。
『ここは?』
私は、自分の意識がそこにあるのを認識した。
・・・視覚、だろうもので把握できる範囲で外見という意味の姿は在る
ようだったが。元のように具体的な身体は今は存在しないようだ、と思
ってからこうなっている経緯を思い出す。


<上神>が話しかけてくる。
名乗られたわけではないが、それがそうであることは“理解”できた。
複合精神体であるかれらは、思念のようなもので響く声を重ねた。
≪汝は 無事に 引継ぎの条件を満たした≫
≪我らは 今 汝に問おう≫
≪汝が望むは 新たな世界の創造か?≫
私は僅かに考えてから、思念を声のように意識したかたちで尋ね返す。
『今の世界は、どうなってしまうのですか?
私は、今の世界を救うための方法を探していたのです』
<上神>は僅かに間を置いて答えた。
≪修祓(しゅうふつ)が望みか≫
≪祓いはほぼ終わっている
しかし 修復には今ある力を 凡そ全て注ぎ込む必要があるが≫
『出来るのであれば、そうしたいのです
あのかたの創られたものを、私は出来得る限り
今は再び かれの望まれたかたちで遺したい』
再び僅か間を置いて、答えは唱和した。
≪了承した
これより管理者<EL>から<ENOCH>へと権限は移行する≫
キンキンキン、と金属が響くような澄んだ様々な音が高く低く遠く響い
ていく。
≪新たなchord(コード)は:Metatron:≫

声と共に、自分の存在が組み換えられていく感覚がある。
<イーノック>である意識はそのままに、大きな機構の一部に接続する。

意識が透き通るように広がってゆく。
<神>は巨大な思惟情報体だ。
いつか、神に似た構造を持つというラジエルから聞いたものをじかに感
覚が把握する。
“自分”である主個格(メインペルソナ)を基点に、“個”の記憶や<神>
のみが知る情報を収める階層。そして、更に防護壁のように設けられた
隔壁(ライン)を越えて一段階下のそれぞれ区切られた階層(レベル)から
<世界>の各所へと伸びる感覚器(センサー)のような情報収集端末があ
る。全ての情報を端末の先毎に居る駐在の守護天使たちがある程度、種
別毎に振り分けてからこちらに伝えてくる。
必要があれば応答や伝達を無意識の無数の作業用副個格(サブペルソナ)
部分が判断して行う。重要なものは上に通され、必要な時には主個格が
直接情報を探し出したり遣り取りをする。
 全てを目にし、時に<世界>の行方を決めなくてはならない神・・・
<エル>がなぜあれほど人間のように感情豊かであれたのかを理解する。
<世界>には美しいものや優しいことや、穏やかであったり、嬉しいこ
とばかりではない。
真逆のことは大きくも小さくも、粗くも細かにも重なり続ければ、人間
のような精神をもつものには多大な負荷をかけるだろう。
主個格の分とは他に、副格が分担するように分け持つ<神>の目は必要
な時以外は、本来は全てで一体のものでありながら、普段は天使たちの
助けを借りて別々に並行して動いていて。副格一箇所への負担を避ける
ことで長い長い時を耐える対応能力を有し、結果的に主個格を無差別な
負荷からも護り続けている。

ふ、と意識が元の状態に戻ると構造の仕組みの風景は視えなくなった。
ただ、自身の内に在ることは理解している。

≪和音を奏でよ 新たな守護者よ≫
≪音を絶やすことなかれ 世界に満ちる調べを≫
≪次なる時に また音を交わそう≫


歌のように響く和声が遠ざかる感覚がし、どこかへと自分の意識が転移
してゆく。
その間に、ふと自分の片隅に小さな異なる意識が在ることを感じた。






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