・・・・・。
旅に出て以来、こんなに“暇?”というのも久々だな。
イーノックたちが帰ってくるまでには、せいぜい半日程度の予定なのだ
けれども。
エルの用意してくれたふわふわの上でごろごろするのもひとしきり満足
したし、記憶整理を兼ねた思い返しがてらちょくちょくネフィリムに話
し掛けてはいたけれど、完全な独言に近くても良いんだろうか。
ナンナは聞くことにもどんなものでもちゃんと意味はあるのだと言って
はいたけれど。
反応の幾つかくらいは見分けられるようになってきたが、やっぱり中々
正確に反応を読めるナンナのようにはいかないのだ。
視覚を取り戻しても、ナンナの気配を読む能力は然程の落差を見せず、
ネフィリムとの会話に不都合が生じることは無いようで良かった。

 エルには、ナンナのネフィリムがどういう風に食事をするのかとか気
をつけていることなどを教えてあるからか。
四天使たちが用意していってくれた余裕をみてある一回分をかれが食べ
終わって数時間経ったかなという頃合に、赤や、赤を帯びた黄色の小粒
の果物を一山盛った平籠がふわふわの傍に現れた。
「・・“さくらんぼ”だな。
ネフィリム、食べたことあるか?」
籠に入っているものは指先半分くらいの小粒のものだ。
先の時では普通に売られている甘くて粒の大きい生食向けの実は、皮が
薄い分とても雨に弱いそうなので、この辺ではまだ無いのが残念だ。
粒も味も良いものを土産にしたことは勿論あるが、旅の間には持ち帰っ
たことはない気がするな。
エルは私の持ち帰った時のそれの様子を真似たのか、“現在”でも採れ
るような小粒のものだが、軸も種も綺麗に除いたものを積んであった。
まずひとつ、自分の口に放り込んでみる。酸味が強いが悪くない。
ナンナが普段しているように、ネフィリムの手にもひとつ載せてみる。
かれは“必ず貰える”ということを承知しているので、くれる相手が気
を配っている状態では、勝手に摘(つま)んでみようとしたりはしない。
最初のひとつなので、両手の先で持ってしげしげと眺めてから口に運ん
でもぐもぐと確かめるようにする。
口の大きさと果実の比較と、ネフィリムの大きさからすれば、本当にほ
んのひとくちなのに。かれは“さいしょのひとくち”は必ずこうする。
中々覚えてはいられないその“見た目”“食感”“味”などが、どこか
に残っていないかと、確かめているように。
もうひとつ、手に持って。思い出したさくらんぼについての情報を語っ
てから渡してみると、もういちどしげしげと手の中のものを眺めてから、
鮮やかに艶やかなそれを口に押し込んだ。
・・本当に行儀が良いな、おまえは。と褒めてもうひとつ渡してやって
から自分の口にも放り込む。
“一緒に食べる”のも重要なのだと、ナンナが言っていたから。
これだけ数があれば、時々私が摘(つま)んでも支障は無いだろうと籠の
うちを眺めてから。
 ふと。
“必須”とはまた別のような意味で、“一緒に食べる”にこだわってい
たイーノックのことを思い出した。
・・・・。
ナンナとイーノックもいたら、これ、きっと喜んだだろうにな。
留守の間にネフィリムを置いて移動するわけにはいかないが。
帰ってきたら彼らも一休みする予定だし、一寸だけ。
先の時に行って、大粒の良いのを手に入れてこようか。
“一緒に食べるとより美味しい”のかどうかは、私はよくわからないん
だが。“自分が美味しいと思うものを、美味しいと思って貰える”のは
嬉しいんだ。
・・・・これは、ちょっと違うものなんだろうか。
ふと、小さく溜息をついた私に。ネフィリムが様子を窺うように、ごは
んの途中だよ?とそれとなく催促するように身体を傾げた。
ああ、ごめん、とまたひとつその手に乗せて笑い掛ける。
まあやっぱり、沢山で食べたほうが賑やかでいいのは確かだな。

 “方舟”では周辺状況の悪化で、調達や備蓄だのなんだのあれこれ困
っていたようだが。エルが基本的な算段は指示したようだから四天使が
空間的整備だのも含めてどうにかしてくれるだろう。
ナンナは、家族である長老とか、親しいという少年と食事をとるだろう
か。
イーノックは同席するのかな、遠慮しそうな気もするが(“家族水入らず”
とかいうやつで)。
 ・・・天界で、大概一人で食べていたおまえは。
ずっとここまでの旅の間、食事とか軽食の時に誰かが居るというのが嬉
しそうだったな。
私は殆ど食べないけれど、それでも近くに居て話しているとか。
それだけでもそれなりにいいようで。
ナンナやネフィリムも加われば、またそれは“食べる”ということの必
要性と意味を増して。
・・だから、おまえがそう望むなら、“より美味しい”っていうのがわ
かってやれたらなと思うんだが。
・・・・・。
 堕天使が望む、天から外れて人間になりたいというのとは、違うんだ。
私は天使で、だからこそこうして彼の助けになれているし、彼が無事に
継ぐことが成るのであれば、それからもそう出来る。
だから、こうであることに不満はないんだ。
ただ・・ほんの少しだけ、寂しいような気がする。
それだけ、だ。

 ・・・あいつが一人で食べていないといいな。
なあ、ネフィリム。
ああ。ほら、じゃ、もうひとつだ。




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