おまけ。



 風も弱くなって程好く陽に照らされている屋上は、暖かくて割と心地
がいい。街歩きもしてみたいけれど、“地上”での日向ぼっこもそれこ
そ忘れるほど遠い記憶だ。
出入口のあるドアだけの最上階の部分。
ドアからは死角になる外壁に背を預けているイーノックはのんびりと目
を細めていて。光を帯びている白っぽい金の髪が顔の周りを取り巻いて
肩辺りまで流れ落ちているのは、どこかゴロゴロと寝転がっている獅子
の風情のようでもある。
軽く起こした膝の上に緩く組んだ腕の輪の中では、黒衣の青年がこちら
もまた満更ではなさそうな様子で空を眺めていた。
「・・・ところで。
さっきのはプロポーズとみなして問題ないんだな?」
ふと思いついたようにそんなことを言い出したのは、黒青のジーンズの
脚の間に座り込んで、背凭れ代わりにかれの上半身にずり落ち気味に寄
り掛かっているルシフェルだった。
「・・・ん。
そのつもりだ」
目の前にある黒髪に軽く顎を乗せるようにして、短い髪の波に口接ける。
そのまま少し位置を落としてこめかみに触れると、くすぐったそうな声
が笑う。黒い薄布の袖と白い左手が伸びて白金の髪を引っ張った。
「・・プロポーズだというなら、おまえは一緒になにか寄越したりしな
いのか? 人間は大概そういうふうにするものなんだろう?」
冗談のような口調と悪戯めいた表情がイーノックを見上げている。
金髪の青年は困ったような表情で、自分の片頬を片手の指先でかく。
「・・・一応、考えたには考えたが。
なにがいいのかわからなくて。
この時代なら、装飾品などは一般的なようだけど貴方は余りそういうも
のを身につけるのには興味がなさそうだしな」
街に出るならそれとなく尋ねてみようと思っていた、という回答に、
ルシフェルは少しだけ呆れたように息をつく。
「おまえ、一応結婚していたことがあるんだろうが。
結婚自体の贈り物は昔は実用品が多そうだが、個人的に何か贈ったりと
かはしなかったのか?」
「・・・ルシフェル。
アダムの直系は、天から降りてきた記憶を忘れないようにと、代々が
“天使と人間の間に生まれた娘”との婚姻を続けて来るしきたりになっ
ていたんだ。
幸い仲は問題なかったが、私はセンスの点といいそういう気の利いたこ
とはてんで不得手だ」
さっきのようなことを言ったのも初めてだぞ、と溜息をついたイーノッ
クが首から耳までぼんやりと赤く染めたのを見て、
「“許婚”というやつか。でもそれは理由にはならないぞ。
まったく仕様がないな・・・おまえの各所ピンポイントな面倒くさがり
を許容できる出来た娘でよかったものだ」
ふへっ、と息を零すように吹き出して笑うと、
「まあ、私は別におまえにそんなものは期待していないから安心しろ」
とルシフェルはイーノックの髪を引っ張った手をそのまま頬に伸ばして
指先で撫でた。
「いや・・でも」
イーノックは思案するように首を傾げてから、大きく笑ったせいで更に
ずり落ちてほぼ真下にあるルシフェルの顔を覗き込んだ。
「何か・・・
私からあげられる、貴方のほしいものはあるだろうか?」
見上げている茶色に赤を含んだ眸は、少し影になって髪と似たような黒
にも見えた。ぱちり、とその目が瞬きをする。
「・・何でもいいのか?」
「ああ。叶えられるものなら」
「そうか・・・」
少し考え込む仕草で目を閉じたルシフェルは、ややあって目を開く。
「そうだな。
私が望む時におまえの時間をくれればいい。
代わりに、おまえが望むときに私の時間をやろう」
見慣れた顔が、微笑む。
両腕が目一杯伸ばされて、指先が覗き込んでいた両頬に触れた。
「両方から贈っても構わないんだろう?
何でもいいと言ったからには私の“我儘”をきいて貰うぞ」
「・・・・・それでいいのか?」
「・・・それが、私のほしいものだ」
「わかった。約束する。
貴方にそれをあげると」
再び息を零すように吹き出して笑った身体を起こして向きを変えたルシ
フェルは、今度は両掌でイーノックの頬を包んで顔を近寄せる。
「・・・手付けを寄越せよ」
「・・・貴方は即断即決だな」
誘われるままに、赤味の目を伏せたその唇に口接けた。
「まったく・・・・・。
おまえが気が長すぎるんだ」
離れた吐息の間に文句を零すルシフェルの口をもう一度塞いでしまおうか
とイーノックが考えていると、階下から靴音と子供の声がしてきた。
近付いてくる様子なのでひょっとすると、屋上に遊びに来たのかもしれな
い。穴場の貸切はそろそろ終わりか。
「ルシフェル」
「そうだな、そろそろ街歩きにでも行こうか」
同じように判断したらしいルシフェルは立ち上がり、イーノックも立って
ジーンズとパーカーを軽くはたく。
「いくぞ、イーノック」
差し出された手を取って。
「頼む」
ルシフェルが手の位置を変えて軽くイーノックの肘の辺りを掴むと、その
ままふたつの姿はゆらりと空間に溶けるように消えた。

 その後には、丁度屋上のドアの内側に辿り着いた足音と話し声。
鍵を開ける音が響くばかり。
そんなある日の、午前中のこと。



LAST END.
Thanks your reading!






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疑問点補完作業をしていたら何故か先にオチが!ということで。
とりあえず着地点が判明したのはいいのかわるいのか・・。

20110130:


蛇足で、各部分元など。
◆「tell」は話す・語る・教える(知らせる)等の意味があるようなので。全部の意味を込めて、
  『話をしよう』シリーズの最後の話となりました。
◆「日本語の響き」「話を聞かない」「浮かれている」辺りは歌ネタ4コマその後おまけ
◆「2012年」はP!Dでルシフェルのお気に入り指定が発売日を境目にしたのか「2010−12年頃の日本」
  となっていたため。春前というのは発売日ちょい前から丁度一年経った頃みたいな。
  街はとりあえず東京のどこかっぽいイメージです。
◆ノクさんのパーカーのイメージは、ぴくしぶでエルシャ小説用の表紙素材を上げてくださっているかたの絵
  の一枚から。白青っぽいパーカーで、羽鎧っぽい模様が入っているのです・w・
  文中ではまっしろけ?な感じです。
◆ノクさんの応答→フェルさんの承諾の「そうだな」はニコ動のコレの名字幕から。
  ノクさんの台詞のほうは流れ上「大丈夫」と「一番」のフレーズをくっつけてしまいました。

◆「私は貴方の旅を忘れない」は♪葱には酢がいいな〜♪と聞こえるアレの訳文を見かけたので〆に使わせ
  て貰ってみました。
◆「ダメノック」「バカノック」ほかにもありそうですがニコ動のこのへんとかこのへんで記憶



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