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<Alert> 「エル」 「? どうしたんだ、ルシ」 唐突に背後から声を掛けられて、椅子に座ったまま振り返った。 別に挨拶なしで現れるのが珍しいというほどでもないが、何だか 聞いた事の無い声の調子だった。 私のタイムリミットを聞いて別の時代から帰ってすぐ、かれは次 代候補だと判明したイーノックに関する情報を確認しに、ごく近 い時間へ飛んだ筈だ。 何か、問題でも見つけたのか? 曖昧な動作で私のそばに歩み寄ったかれは、伸ばした両手で私の 頭の両側を持つと、少しだけ屈んで自分の額に引き寄せる。 「これ、はなんだ?」 触れ合った額越しに“地上”の光景が浮かぶ。 人の手の親指ほどの、小さな黄色いいきもの。 人ほどの大きさになり 更にそれより大きくなって そして・・・ 「!!」 驚愕の余り硬直したような状態になる。 「なぜ・・」 それは、“存在してはならないもの”だった。 <界喰い> それは、どんな姿をしているかはわからない。 最初は無害なこともある。 だが、最終的には<世界>そのものを食べ尽くしてしまう。 そういう存在だ。 丸っこい薄黄色の柱に顔と手足がついたような、柔らかそうな 姿。 見た目や様子を見た分にはおとなしくて可愛らしいともいえるそ の黄色いいきものの映像を中空に映して、私は考え込んだ。 時を渡ったルシフェルが目にしたものは 『<世界>を食べ尽くす存在』。 けして埋まらない空虚を抱えて、求め続ける。 最終的に<世界>の構成要素そのものを食べてしまう。 けしてかれらに悪意があるわけではないのに。 <世界の管理者>にとっては、<界喰い>は天敵に等しい。 だから、あらゆる生成原因となる可能性があるものは事前にチェ ックしている。 成長するまで明確にならないこともあるとはいえ、万一確定した 場合には一刻も早い対処が必要だ。 界喰いについての説明を聞くと、ルシは納得したように溜息をつ くと私の椅子のそばの床に座り込んだ。 「何故、警報に引っかからなかった?」 「おそらく、あのでっかい“蚊帳”のせいじゃないか? 黄色いの・・・“地上”ではネフィリム、と呼ばれているようだが、 あれらはあの“塔”の中に集まっているようだよ」 ネフィリムたちは仲間をさがしているようだし、エゼキエルは動 物たちがお気に入りのようだから、とルシが微妙な表情で微笑う。 “蚊帳”と揶揄するように呼んだのは、堕天した天使達が自分達 を保護する砦として造り出した特殊な環境を内包する“塔”の頂 上から伸びて“地上”を広く覆っている一種の遮断幕のようなもの だ。 “地上”を見守るものだったグリゴリの天使達のうちから、一群れ が堕天の道を選んでしばらくになる。 これまでも単独で堕天したものはいたが、無理に人間に近い殻を 得て変容したかれらは“地上”でそう長く生きることはできない。 だから、理由の如何によらず大概はそのままにしておいたのだが。 その影で、ネフィリムはほんの短期間に生まれ、気がつかないほ どの間に増え、そして成長していった。 「堕天使と人間の間に生まれるのは、人間か、天使の力をいくら か受け継いだ程度の人間の筈だ。 ・・なぜ、急にこのような変異が起きた?」 自分で確認するために口にしながら、核当範囲だろうと思われる 時期の“地上”の蓄積情報に意識を向け開くと、引っかかる箇所 が無いか一気に流し読みしてゆく。 天からの視覚を防ごうとする遮断幕や塔という構造があったとこ ろで、見え難いだけで全く見えないわけではない。 “ネフィリムだろうと思われる”とても小さな子供が生まれた時 期を探す。 それは、やはりグリゴリの一群れが降りた時期と重なっていた。 【 Yellow Alert 】 <世界の管理人>としての意識がその認識に 注意信号を表す色合いの警告を発する ネフィリムの姿が思考の端を過ぎる 実際にその姿が黄色いのには笑うしかない 「あれが・・繭の役を果たしたということか?」 何故そうなったかまではわからない。 でもなにかが条件を満たしたのだろう。 朽ちゆく堕天使と、人の子の間に。 チカリと思考が切れ切れに跳んでゆく。 これは・・・予見か。 巨大化したネフィリム。 黒くなる 黒くなり そして そし・・・ 黒い姿に 鋭い牙の並んだ口 横に幾つも並ぶ無表情な目 黄色く揺れていた姿は 柱状の面影しかなく 炎 ほのお すべてが 永劫の闇に消える 【 Red Alert ! 】 ★ 赤 紅 朱 警告の最終通告 「 ・・・・ル! エル!!」 小さく叫ぶように呼ばれる声に、ふと意識が元に戻る。 座り込んでいた体勢から身を起こしたのか床に両膝をついたルシが、 椅子の肘掛けに置かれていた私の手を掴んで蒼白に呼びかけていた。 「・・ルシ。ごめん、大丈夫だよ」 半ば安堵したように、深く息を吐いたルシは私の手を掴んだままで また床に座り込む。伏せかけた目を上げて口を開く。 「・・・一瞬 “君”の気配が完全に消えた、と思ったんだ」 <界喰い>は、管理者にとっては<神喰い>でもある。 世界の“中”のリセットは可能でも、世界の“器”は戻せない。 全て終わり。ゲームオーバーだ。 「・・・ルシ」 掴まれている右手と逆の左手を伸ばして、俯いている艶やかな黒髪 を撫でる。 「君が見てきた黄色い終焉とは、別のものを視た」 弾(はじ)かれたように上がった顔に、先程と逆のように左手を伸ばし て頬を捉え、額を寄せる。 「・・・!」 至近距離で見開かれた眸の、柔らかな茶を覆う薄赤が濃くなる。 それは滲む血のように。 「・・・なん、だ、この<分岐>は」 ゆっくりと額を離して椅子から床に滑り落ちながら、掴まれた右手 はそのままに左腕でルシの肩を引き寄せた。 首を抱え込む。 「洪水を選択しなければいけないとは、どういうことかと思ってい たんだ」 管理者には最悪リセットの権限があるし、私には時を渡り“巻き戻 し”も可能なルシが居てくれた。 下手をすると歪みが生じるのでそうそう乱発するわけにはいかない が、それでも一つの星に箱庭(セカイ)を築くのにかかった手間と時 間の長さは多少思ったとおりに行かなかったと言っても簡単には諦 められない。・・私の管理者としての期限がもうすぐ尽きるなら尚 のことだ。 期限を終えた後の管理者がどうなるのかは私は知らない。 <世界>によって違うのかもしれないし、ただ消えるのかも、また 別の場所に行くのかもわからない。 ただ、私はこの<世界>のために生まれた。 数々のかたちをつくり、様々な色を引いた。 だから、好きなものが色々ある<世界>を引き継いで貰えるなら。 それが私が気に入った相手であれば、それで満足だったんだけど。 「これを“解決”しろとは <代替わり>とは随分な難易度のものだったんだな」 自分が笑っている声をどこか遠くに聴く。 ルシは動かない。 「・・・・・。 それでも、あの子が進むというなら ・・ついていってくれるか?」 「・・・。 私が、君の本気の頼みを断れないことは わかりきっていることだろう?」 洪水を選択すれば、“地上”はリセットされ ネフィリムが<界喰い>へと到達する可能性も消える でも、どちらにしろもうすぐ私は消え 継ぐものの居ない<世界>もきっとやがて緩やかに滅びてゆく 洪水を選択しなければ きっとあの黒と赤の光景が待っているだろう 全てを呑み込む奔流 だけど、その向こうに可能性は残されているのか? 立て続けに衝撃ばかり与えているルシに更に負荷を加算している自覚 はあるが、こうなったらルシとイーノックには、それぞれの視点から “原因”を直接探し出して貰うしかないだろう。 私は此処を動くことは出来ないし。 「出来るだけのフォローはするからさ 頼・・・」 そろそろと左腕を緩めて先程から微動だにしないルシの顔を覗き 込んだけど、宥めようとしていた口の動きは止まった。 いつもより赤味を増した眸から、涙が零れ落ちている。 いつもは遠慮なく軽口叩き合っているから時々忘れるが 私の最初に創った天使は、やっぱり綺麗だ 卵から孵ったばかりで 幼児から子供の領域に入りかけた頃の姿でも 同じくらいの背格好だった少年期の姿でも 私を追い越して、並ぶと少しだけ見下ろすようになってからも 「私だって・・君の性格ぐらいはわかっている 心配ないよ。ちゃんと行くから」 神は絶対だからね。 ぐいと袖で顔を拭って、答えた後に茶化すように呟いた。 ・・・ああ全く。 長い付き合いで涙を見たのはこれを含めてたった二度。 しかも両方とも原因は私だ。 一度目は、私よりもかれのほうが寿命が長いことと、もしも管理人の交替 が起こるのであれば次の代の助力を頼むと、告げた時だ。 君が居なくなる時のことなど考えたくない、と今より高い音程の声が怒っ ていた。 あの時、涙を湛えた目に映っていた色は恐怖に近い絶望だった。 今は、違う。 色々なものを溶かし込んで、それでも笑う。 ・・やれやれ、と溜息をついてもう一度左手を伸ばす。 後頭部を引き寄せて、きょとんとして瞬いた瞼と目元に軽く口接けた。 「君に、ありったけの幸運がありますように」 手と顔を離すと、失敬なことにかれは本気で首を傾げた。 「・・・君の祝福は、どのくらい効果があるのかな」 言い終わると、視線を上げてこちらを見遣る。 その口元が、嫌味でない程度にニッと笑ってみせた。 「いつも苦労しているからね」 ・・・・・・・・・・言い返せない。 代わりに短い黒髪を一房引っ張ってやってから立ち上がる。 床から伸ばされた手をとって引き上げて立たせた。 ぎゅ、と一瞬両腕で抱きしめられて、耳元でありがとうと聞こえて。 まばたきする間に、かれはもう姿を消していた。 「・・・・」 やれやれ、ともう一度感慨を込めて溜息をついて。 議会用の資料をどうすべきか考える。 現時点でわかっている限りの情報を全て公開するべきではない。 天使たちですらパニックを起こしかねない。 それがわかっているから、ルシはわざわざ“直接”伝えに来たのだ。 おそらく起因には違いない、と考える。 根本原因かどうかは判らないが。 『七名の堕天使による“地上”への大幅な干渉と <世界>の予定に無かったネフィリムの存在』 これを題目に掲げるとしようか。 大概の天使達なら、“地上”の状況とネフィリムの食欲の脅威だけ で理由を疑うことはないだろう。 ・・・ラジエル辺りは気付くかもしれないが。 資料編纂室の主であるラジエルの黒と銀の色彩。 そこから程近く。今日もまた、いつもと変わりなく自分用の小部屋 で黙々と仕事をしているだろう青年の姿が思い浮かぶ。 彼は、私が口にする事を聞いてどのように思うんだろうな。 予見で視た記憶を思い返してみるが、視点の関係で彼の表情は見えなか った。ただ、声ははっきりと響いた。 どんどん無口になっていく彼の声は、最近ごく短い応答以外まともに 聴いた記憶が無い。だけど、あの時の声は違った。 ・・まあ、もうすぐ嫌でも直接聞くわけだし。 思考の中で、ありえるだろう会話のパターンを幾つか試行しはじめる。 今回は、この姿でも“神らしく”出来そうだよ。 天の知恵を盗み出した 七人の堕天使たちは 地上に降り かれらの住まう塔を築いた 堕天使と人の間に生まれし 落とし子ネフィリム 空虚を抱えて彷徨い続ける 災いの印 神は怒り 天の議会の賛同を得て 地上に洪水を起こすことにした しかし 天の議会に務める書記官 ただひとりの人の子が その決定に異を唱えた 神は告げた “七人の堕天使の魂を連れ戻せ そして・・・全てを救え” と END. 「ルシ」 「・・なんだ?」 「なんでいきなり、そんな薄い上着になってるんだ?」 「いや、原因探査で疲れたから 一休みしに先の時代を覗きに行ったら店頭にこれが飾ってあって 気に入った。 ・・似合うだろ?」 「・・・似合ってます。それには文句ないよ。 でもなんでいきなりあれからその薄布一枚なんだ・・・」 「? 下はちゃんとジーンズだし、いいじゃないか」 「・・・・色々見過ぎて、根本的なところで何かがズレているな ルシは」 「そうか?」 「・・・・(溜息)」 「♪〜 ♪〜 エル、ただいま」 「おかえり・・・? その歌は?」 「イーノックが旅に出ることが決まっただろう? その直後から、先の時代で面白い<分岐>を見かけるようになった。 伝説を元にした『旅』の話の噂があってな。 一寸だけ調べたら、話の噂をネタにした歌があったんで 一つ聴いてたら覚えた」 「・・・・。 そんな先の時代に影響が出たのは、初めて聞いたぞ?」 「そうだな ・・・・・何かが、繋がっているのかもしれない」 |
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P!D情報で一番気になった点“ネフィリムだけはアウト”を捏造基本篇.verというかエル.verで 穴埋めしてみました。ゲームではどういう理由なんだろうな。 黒(火)ネフィは壁画イメージです。 (チラ出している捏造ラジエルさんはノクさん視点の<Parts・2>で一寸出てくる予定です) 世界を食べつくすもの、のイメージは創作同人FT漫画のとあるものから。 『夢使い』という題名とレミスという主人公名をご存知のかたは居ないかな・w・ ちなみにジージャン+ハイネックから黒紗なアレに着替えるのは旅の直前ということで、 エルの感想+歌ネタ4コマの補完をおまけに。 20110127: +0128追記 そして公式に「火ネフィ」データが出ていることに気が付いた! ファミ通と同時だとすると27日?(↑書いたの27でござるよ・・) 公式だけだといまいち怖さがわからなかったのだが(壁画のほうが見た目は怖い)、 ファミ通のエリア画像と説明読んで恐怖した。ホラー要素また積んで来た。 |
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<Forfeit>/<Parts>/落書目次/筐庭の蓋へ |