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歌を紡ぐ電子の歌姫は、博士の憧れと夢からCGを伴ったAIへと形
づくられた。
 数年前に行われたロボット博覧会。
一度開催予定だったそれがトラブルで延期された後に、その分も補うよ
うに盛大に行われて多々の意味で衆目を集めた企画だったが、その時に
当時まだ進路を決めかねていた学生だったエル博士は初めて実際に見た
全方向立体プロジェクターの上に優雅に姿を現していた幻想の令嬢に一
目で心奪われた。
サイドを伸ばしたネオン・グリーンの揺らめく長い髪に、時に神秘的に、
次の瞬間には茶目っ気を込めて瞬く緑の双眸、ほっそりとしたしなやか
な肢体にデザインカットの活動的な衣装。
ふらふらと引き寄せられるように近付いたまま話しかけてやり取りをし
て、その仕草や表情・声音や、高い知性と豊かな感情を示す様子に驚嘆
する。
・・・あんなものがつくれるのか、それなら僕もつくってみたい!

 実機体を持つHFR(ヒューマンフォームロボット)メインの博覧会で
はあったのだが、このようにCGと人格プログラムのみの存在である彼
女に特に惹かれたものも数多かったという。
ただ、後の博士である彼以上に影響を受けたものはもしかすればいなか
ったかもしれない。

『ごきげんよう、お初にお目にかかります。
わたくしは<A−E>EMOTION:Elemental Electro-Elektra
(エモーション:エレメンタル エレクトロ-エレクトラ)と申します。
宜しければ、貴方のお名前をお聞かせ願えますか?』
「・・僕は、エルだよ」
『エル! ・・・まあ。
わたくしも一部のかたにそう呼ばれていますのよ。お揃いですね♪
もし宜しければそう呼んでいただけても嬉しいです。
あら・・でも、同じだとちょっとお話する時にややこしいですかしら。
どうしましょう?』
「そうだね
じゃあ、僕のことは・・イールと」
『承知しましたわ、ありがとうございます♪
では、イール。
もしお時間がありましたら、わたくしと少しお喋りして下さいません
でしょうか?』

エモーションのような存在を目指してロボットプログラミングの専門
を目指した彼は幸いその方面の才能とセンスに恵まれていたが、唯一目
立った問題はデザインセンスにやや欠ける点だった。
彼が一目でエモーションに惹かれたように、ファーストインパクトとい
うのも重要だし、CGでは実機体のように詳細にバランスや耐久性・可
動性を気にしなくていいとはいえ、見た側がなるべく違和感を持ちにく
いデザインが好ましい。
そして、研究とその実体化には資金が必要であり、はっきりした目標と
ビジョンが不可欠だった。
そこで、彼が白羽の矢を立てたのは、一昔前にネットで一世を風靡して
あっという間に広まっていった音楽ソフト・・・シンガープログラムだ
った。
 仮想のアイドルをイメージしたそのキャラクターを目にした彼は、ツ
インテールの髪型とデジタルを覗かせる衣装、緑を帯びた色彩にどこか
エモーションをダブらせる。
そして、彼女は【歌う】ためのプログラムだった。
元々のソフトも従来のものよりも易しく扱えるようにつくられていたの
だが、それでもコンピューターに疎い人間には色々と問題が多かったの
だ。
 彼は考える。
 エモーションがなによりも僕を惹きつけた点は、人間と殆ど変わらな
いように違和感無くやりとりができて、端々に見える豊かな感情だ。
 元々のソフトのように家庭に1プログラムでそれぞれの好みに合わせ
るとはいかないが・・
この歌姫がもしも、エモーションのようなコミュニケーション能力を持
ち、歌を見たり聞いたりして単独で/一緒に歌ってくれたり、希望に応
じて伴奏/演奏してくれたりと・・・・・
なんてことが出来れば、エンタテイメントプログラムとしては、元のコ
ンセプトがアイドルなこともあってロボットプログラムの親近感を上げ
るのにはうってつけなのではないか?

 彼はその後あっという間に草案を書き上げ、研究を進めるのと並行し
て賛同した協力者と共にデザインや諸権利をもつ会社や企業、政府への
アピールなど、様々な事に尽力した。
そして、元々のソフトのファンの後押しや文化事業的に適性がある企画
だということが認められてプロジェクトが正式に成立することとなった。
 そして、ほぼプログラムが完成した頃、彼はもうひとつの夢の実現を
目論んだ。
“僕のこの子と、オラクルを話させてみたい!”

 エモーションを理想と据えた経緯で、<アトランダム>との共同研究
となっていた企画だった関係で、彼は研究機関専用空間(クローズネット)
<ORACLE>の主である司書の青年が特殊なAIであることを知る。
本体機器の性質やコンセプトの違いからロボットプラグラムでこそない
ものの、彼もまた人工の魂のひとつなのだ。
エモーションから司書のひととなりを聞き知って、更に彼に科された数
々の制限を知ることによりとても興味を持った。
そして、“AI同士のコミュニケーション”と“起動最終テスト”を兼
ねて申請した、電子の歌姫と図書館司書との会見は紆余曲折の末、回数
券のような限定許可接続ナンバーを試しに発行する、という例外措置で
ケリがついた。



 お客様が来るんだ
 新しいAIで、製作代表者の博士が、私にその子の友達になってほし
 いって
 歌の上手い可愛い女の子で、今度デビューする予定だそうだよ

楽しそうにおっとりと、お茶は何が好きかなあ、と思案する司書の後ろ
では、
 
 なんでおまえにそんな依頼が!
 ナチュラル引きこもりの世間知らずの癖にいぃい 羨ましいッ!

と、普段世界中を仕事で超多忙に飛び回りつつも女性に声を掛ける事を
怠らない相棒がソファでじだじだしてゴネて見せたが、大変機嫌の良い
司書はいつものように本を武器に制裁することもなく、どこからともな
く取り出した写真入りのお菓子の本を捲っている。
 
 だって、
 『君が外に出られないなら、僕が遇いにいける子を増やしてあげる』
 って♪
 エモーションに憧れてそっちの分野に進んだみたいだよ
 
 ・・えええ?
 それって、前にエモーションが言ってた・・

 お呼びになりました? オラトリオ様
 <A−E>EMOTION:Elemental Electro-Elektraでございます
 御機嫌よう、オラクル様

 うわっ!
 相変わらず神出鬼没で・・

 こんにちは、エモーション♪
 君はもう会ってるの?新しいAIの子って

 ええ、とても可愛らしい元気なお嬢さんでしてよ
 楽しみにしてらして♪

それからもひとしきり、ずーるーいーという相棒のごねごねポーズを相槌
代わりに、電子の歌姫の噂話が続けられたのだった。




 エル博士がオフレコ話をしてから暫く後。
新たな企画と併せて前回と同様の限定回数接続許可が双方に漏れなく下り、
連絡を受けた博士は意気揚々と現在進行中の作業(赤い服と青い服の二人)
と一緒にもう1件の企画を始動した。

 その企画は、とあるコンピューターゲームのキャラクターデザインを元
にしたものだったのだが。普通に発売されたゲーム単体として人気が出た
のではなく発売前の断片情報だけで多くの人の興味を引き、けして多くは
ない情報を元に様々なストーリーの推測やパロディなどが主に電網(ネット)
上で語られていた。
そのパロディのうちに、エル博士が手がけた電子歌人のシリーズがあった
のだ。いわゆるダブルパロディということになるのだろうが、数々の思い
思いの衣装デザインを見かけた博士は、自分もそのゲームに興味があった
こととトレーラームービーで出ていたそのキャラクターの声がとても気に
入ったもあって、コレを同様につくってみたい!と思ってしまった。
 本来なら現在手掛けている企画が完了してからのほうが専念できていい
のだが、今回は“固定化されていないデザイン”からのスタートだった為、
最初の歌姫の企画の時と同様少々時間が掛かったものの、結局最終的に、
ゲームの製作元や電子歌人の開発元、協力者や出資予定者と相談の末、ま
だしばらく先のゲームの発売までの締切ということで話が纏まり、企画の
公表と同時に基本衣装デザインの公募を行ったのだ。
採用の最終決定条件はゲームの製作元と電子歌人の開発元の意見一致とな
っている。
色々な意味で前代未聞である。






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