<Call>



「やあ」

掛けた声に、白金の頭(こうべ)がこちらを振り向く。
はっきりとわかる程度に、表情が動いて笑みを形作る。

「・・やあ ルシフェル」

ほんの少し遅れて、挨拶の声が返り。
私の名が呼ばれる。

私が余り頓着しないせいで訪れる場所や時間は様々だったが、最近の彼はも
う慣れていてそうそう驚く事もない。
本当は、ほとんど規則正しく過ごしている彼のパターンを考慮してやれば
いいのだろうが、どうせ普段は暇という暇などなく、休日の時間を意図的に
分捕るのも流石に気が引ける。
だから結局、私はいつも気紛れに訪れる。

日差しの具合からして、多分丁度昼食後の休憩時間にあたっていたのだろう。
中断を思案する様子も無く読んでいた紙片の束を置いた。
私は、この仕事部屋を訪れた時に大概そうするように窓辺に腰を下ろしてい
る。

今日は土産があったので、異国の絵本を差し出すと興味をひかれた様子で軽
く礼をして受け取ると、早速頁を捲る。
その様子を眺めていると、丹念に見ていく途中でふと手が止まり顔が上がっ
た。指先が、彼の時代にはない印刷技術で記された彩りの絵の下に添えられ
た活字の上をなぞる。
何か尋ねようとしたのだろう口元が、一瞬止まって。
僅かに間が空いて、ごく簡略な問いが音となる。
「・・・これの 意味は?」
その声の紡がれ方に、つい軽く眉をしかめた。


「イーノック・・、」

言いかけて、止めた。
こいつに文句を言ったところで、簡単にどうしようもないことは流石に私も
もう分かっている。
それでも時々は文句をつけてしまうのだが。
途中で言葉を止めた私を見遣った、明るい海の緑のような眸が。
済まなそうな表情を浮かべて、苦笑に溶けるのを見る。

済まない、と彼は口に出して謝ったり、言い訳をしようとしたりはしない。
ただ時々、「ありがとう」とだけ口にする。


褐色の肌と壮健な体躯、明るい色の豊かな髪と眸。
天へ喚ばれた時から年齢自体が留めおかれている姿は、最初に会った時から
特に差異を覚えるほど変わらないし。
声だって、声質そのものは変わらないのに。

“時間(とき)”というものは、
人間(ひと)にはどうして、これほど重いのだろう・・・。






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