「たからもの」 俺たちがもう一度一緒に居るようになってから暫くの、ある日のこと。 じゃ、本日はこれにてかいさ〜ん♪という舞耶姉の声やら、うわーん髪がくし ゃくしゃ!マヤちゃん一緒に美容院行こうよっ!とか叫んでるリサの声だのなん だのを横耳で聞きつつ。 ここのところバイクをいじってる暇が無かったのでガレージに行こうかどうしよ うか、と考えていると。栄吉がひょいとそばに立って顔を覗き込んだ。 「タッちゃん、暇?」 「え?…ん、うん」 頷いて見返すと、 「お♪ じゃ、一寸用事につきあってくれねぇ?」 と、微笑ってはいるけれど妙にきっぱりとした口調で尋かれたので、不思議には 思ったが。 …このままぼんやりしていると、リサに俺も一緒に引っ張って行かれかねないと いうことに思い当たったので。 まぁいいか、とついていってみることにした。 夕暮れも程近い、アラヤ神社の境内。 いつも人影は少ないが、今日は石畳にも社殿の回りにも誰の姿も見えなかった。 俺を連れて来て待たせたきりの栄吉は、周りを見て回ってから一本の木の根元 にしゃがみこむと、何かを捜してあちこちと木の枝で少しづつ掘っていた。 …手伝おうかと尋いても、待ってるよう言われるだけだし。 一寸手持ち無沙汰で境内を歩幅で測ってみていると、 「…あー!あったあった、コレ!」 漸く目標物を見つけたらしく、見てみると、表面の大半が錆びた四角い缶らしき ものを土の中から引っ張り出していた。 …こういうものってビニールか何かに包んどくものじゃ無かったっけ? 大丈夫 なのか?、と近寄って眺めると、それを地面に置いた栄吉は、全体を軽くはたい てから蓋の土を払い。少々錆びついていたらしい上蓋をこじ開けた。 中身は半透明のビニールに包まれた一回り小さな缶みたいだ。 「………んー、無事、だよな?」 流石に状態を危ぶむ表情で、手をハンカチで拭いてから慎重にビニールの中身を 取り出した栄吉は、ふ、と小さく息をついた。 「ホ〜〜ゥ、オッケーィ、ボクって強運だね!」 缶の中を確かめてからミッシェル口調で呟いて、入っているものを確認してゆく。 綺麗な色の硝子玉、珍しいコルク栓、一寸面白い形の石、お菓子のオマケ。 瓶の王冠、小さな鳥の羽一枚、何かの部品らしきもの、丸く透き通っていて水晶 みたいな硝子の欠片。 …どうやら、これは昔、栄吉がこっそり隠した宝物箱らしい。 それらが少し懐かしむように眺めてから戻され。 見ていないのは底に入っていた四角く折り畳まれた紙、一枚きりになった。 と。 取り出した途端、栄吉は持ったまま立ち上がってくるりと後ろを向いた。 「?」 横にしゃがんで眺めていた俺は、何事かと見遣ったが。 「周防、ちょーっと…待っててくれるかな〜…?」 という声と、カサリ、と紙を開く音。 「…‥」 沈黙している。 …あ。タイムカプセルだとすれば、自分への伝言でも書いてあったとか。 ………昔のもの出てくると何かいてあったか当人も忘れてるからな…。 様子を見ていると、一人言のようなそうでないような声が落ちてきた。 「――こんなモンだったんかなぁ…。俺って、下手だよな」 見上げていた先で、なんとなく神妙な顔が振り向いて。 身体ごとこちらに向き直り再びしゃがみこむと、俺の顔を見て僅かに微苦笑を 浮かべた。 「―――昔、これをあげたかったんだよな。ダメだったけど」 元の通り折り畳まれたものが、俺の手のひらに渡される。 それは少し小さめの、切り取ったままのスケッチブックの紙だった。 ノートくらいの大きさだから多分B5。 湿気たのか少ししわってしまっているそのほの白い紙面には、色鉛筆で絵が描か れていた。 色鉛筆は中々消えないから、描き直しが出来ない。 よく見ると、下に薄く薄く鉛筆の下線が見える。アタリをつけてから上から描い たんだろう。 描いてあるものは――…多分、昔の俺、だった。 面を斜めにずらして顔が見えている、顔だけの図案。 見覚えのある赤と白の面と、やや上がり気味のはっきりした眉の子供が、最低限 の線だけでざっと描かれてこちらを見返していた。 ただ、他は明確な線で描かれているのに、目だけが曖昧だった。 ぼんやりとごく淡く茶で、輪郭と、瞳に色が置かれているだけだ。 「?」 栄吉に目線を向けると、何が尋きたいのかは直ぐ判ったようだ。 苦笑してこちらを見る。 「〜〜…目がさ、こう、なんっつうか、…難しかったんだよな。 初めて顔見たときの印象が強くって、ずっとそれを描こうとしてたはいいんだけ ど。結局、肝心のそれが…描けなかったわけで」 だから、未完成…というかボツだねボツ。やっぱり。 と言って、栄吉は指先で俺の手にあった画用紙をつまんで取り戻してしまった。 「…‥。それ、俺…欲しいんだけど」 作者は自分が気に入ったものでないと余り頓着しないことは、昔栄吉のボツにし ていた落書きの数を見ているから、知ってる。 ひょっとすると捨てられてしまうかもしれない。 仕方ないので、下手に出て強請(ねだ)ってみた。 「…頂戴」 「ダメ」 「〜〜〜〜」 間合を空けず、明白に却下されてどうしようと思う。 だって、栄吉が。 昔、栄吉が俺の印象で描いてくれようとしていた絵、なんだろ? 上手く全部描けなかったけれど、それでも捨てないで缶にしまって。 …なら、いいじゃないか。 「…‥。上手く描けたら、俺にくれる筈だったんだろ? 俺の記憶にない、俺なんだから、ほしい」 目が上手く描けなくて、でも捨てずに置いておいただけあって他は特徴がとれて いるのだ。一所懸命スケッチブックを前に真剣な表情でこれを描いていただろう 子供の頃の栄吉を考えると、どうしてもそれは捨てていいものではなかった。 「〜栄吉」 紙の方に手を差し出すと、栄吉は笑み崩れるように苦笑して、やっぱり「ダメ」 と首を振ると紙をポケットにしまった。 「…‥そんな困った様な顔のタツヤ、すっげえ珍しいからグラつくけどな。 でもダーメ。 …ま、捨てやしないから大丈夫だって。 そのうちヒマになったらさ、もう一度…ちゃんと描いてみたい、から。 その時は、きっとちゃんと描いて見せっからさ」 にっこりと笑って言う栄吉に、何となく納得せざるを得ず。 溜め息を一つついてその紙を諦めた俺に、もう一つ声は続けた。 「―――ずっと、好きだったからさ。タッちゃん」 しゃがんだ膝の上で頬杖をついて、昔と違うけれども見覚えのある面差しが俺に 向かって笑う。トクリ、と。心臓が音を立てた気がして。 もう一つの渡し損ね、と言い足された言葉にもう一度コトリと胸が鳴って静かに 脈を打つ。しんと胸に染みて響いて。 取り戻した時間から届いた、懐かしい日々の想いを。 …俺も、思い出した。 あの、夏の日の記憶。 小さな箱は、もうひとつ想い出を掴まえていたらしい。 「―――有り難う」 過ぎた時間の分も微笑もう。 ややこしいことなんて知らず、陽を浴びて駆け回っていた昔のようには笑えない から、格好良く見えることはきっと無いけど。 でも、昔も今も、君が好きだから。 俺がヒーローなんだって言ってくれた、あの日の君に、手を振ろう。 これはもう一度埋めて、いつか見つけたラッキーな誰かさんにプレゼントフォ ォォユゥッ♪、と栄吉はもう一度ざくざくと枝で穴を掘り直した。 箱の中身を見せてどれか要る?と尋かれたので、少し考えたけど。結局首を振っ た。 「――それは纏めてそこに入ってる方が、よさそうだから」 ニカリと笑って頷いて蓋を閉じ、埋めに掛かった栄吉の背に。聞こえないように、 呟く。 …それにもう、俺は貰ったしな。 終いは俺も手伝って、掘り跡がわからないようになんとかほぼ元の状態にして 帰る頃には、そろそろ星が幾つも空に灯り出していた。 並んで帰る道に、夜が降りてくる。 …そういえば、今は冬の始めだ。 もう少ししたら、もっと寒くなって。そろそろ、ほんとうの冬がくる。 でも、季節は巡るから。 新しい冬に、春に、そして夏に、秋に。 きっと今度は一緒に。色彩を変える此処で、ずっと見ていたい。 他愛無い日々を、過ごせるように。 どうか手が届いて、守り通せるよう。 通りに出る間に、背を眺めていたら振り返って、なんだ?と不思議そうに尋く。 なんでもない、と笑って首を振る。 背と手足が伸びたせいか今の性格か、動作が大きくなったよなー…って思ってい ただけなんだけどな。 少し下がって横に並んで、なんだよーと少しスネた口調で言ってみせてから、ぱ っと表情を笑みに変えて。 「なぁ、今度周防のバイク見せてくんない?」 「…何で」 「………。情(つ)れねぇし…。 スゲー大事にしてるって聞くから…是非、いっぺん見てみたいワケ」 周防のたからもんでしょ?と真面目なカオで口にして。 「……次、暇なときな」 「おう♪!」 独りだった俺の、大事な相棒。 今度この一寸賑やかなの連れてくけれど、まぁ……… とりあえず、宜しく。 栄吉のポケットには昔描いた絵。 俺のどこかには昔の想い出。 ―――そして、もう一度一緒に居られるこの時間が きっと何よりも大切な、宝物。 了. 20040630up: |
※ネタ元原典:ペルソナ2・罪(ATLUS)。 勿論ですが個人的なお遊びの落書きにつき、ネタ元の製作会社等には無関係です。 |