「なつのひ」


 その日は特に暑かった。
皆流石にとび回る気はなくて、社の影のひんやりしたところにすわりこんで話を
したりとか、石で陣地取りをしたりオセロもどきをしていたりしたけど、昼前に
なってとにかくとっても暑くなっていた。
昨日ほんの少しだけ、ちょっぴり雨が降ったのもいけないのかもしれない。
じんわり、じわじわ、じっとりしている。
せっかく一日ヒマでもこうだとけっこうキビシイ。
今日は父ちゃんは“組合の会合”とかいうので夜おそくまでいないから
夕方まであんまり気にしなくてもいいんだけど。
タッちゃんとジュンがやっていたオセロもそろそろ決着がつきそうだ。
 ふと、上を見上げる。
下から見た高い木って描くのめんどくさそうだよなぁ…
これなんだっけ。フカン? あ、ちがうか。アオリ?
急に少しはなれたところでわっ!とリサの声がしたので見ると、宿題で用がある、
と本を読んでいたおねえちゃんが、本の入っていたカバンの中から何か数枚の小
さな紙切れを取り出していた。
ジュンとタッちゃんも寄って行ったので、おくれて行ってみるとどうやら広報に
付いてる市民プールのタダ券らしい。
中々行けないし、余ってるからあげちゃう〜♪と、ハイ!と皆に一枚づつくれた。
「私はこれから一度家に帰ってお昼食べて、その後図書館行くんだけど。
皆はどうする?」
おねえちゃんが本をカバンにしまいながらきいたので、皆ちょっと考える。
ジュンとリサはお昼を食べに帰らなきゃ、と気が付いたらしく。
後で一緒にプールに行かない?とタッちゃんをさそったけど、
ヨソーに反して?タッちゃんは首をヨコに振った。
このあいだ枝にひっかけて切った長い切り傷と、転んだ時の大きなスリ傷がまだ
治りかけで、気をつけるようにっておにいちゃんにいわれてるんだそーだ。
ウむとイタイしあとが残ったりもするから気をつけるのよ〜〜、とおねえちゃん
がオドカシ半分ぽくクギをさしたけど、大したことないケガだとあんまりいたが
ったりしないらしいタッちゃんはうなずきはしたけど、あんまりよくわかってな
いかもしれない。
う〜むと少し目をとじて考えるポーズをしたおねえちゃんは、重々しい口調、で
ハショウフウはコワイのよ〜…とつけくわえた。
ハショウフウ? それってハシカみたいなもの? ミズボウソウとか?
ジュンは知っていたみたいで、ええと…と思い出してから言う。
土の中とかサビたクギとかにバイキンがいて、ケガしたところから入ると大変な
ことになるとかって、きいたことがある―――らしい。
大変ってどんなことだろう。うんでぐしゃぐしゃするより大変なことなのかな?
思わずコワくなって足元の地面を見下ろしてみる。と、
タッちゃんのうでにしがみついたリサも似たようなことをしていた。
…見えるものじゃないよねぇ。バイキンって小さいんだよね。
まぁ、何はともあれ気をつけるのよーと手を振るおねえちゃんにつづいて皆も帰
っていって、社のまわりは急にしんとなった。
どこかでセミが鳴いている。

 オレはも少しいてからかえることにしたので、社のエンの下にかくしてある缶
の中から自分のスケッチブックと鉛筆と色鉛筆のケースを取り出した。
缶をしまって、どうしようかな、さっきの下からみたやつ、
宿題のに面白いかもしれないからかいてみようかなぁ。
と、エンの下からカオを上げると、横に、さっき帰ったハズのタッちゃんが立っ
ていた。
「あれ?!」
…タッちゃんどうしたの?ときいてみると、
今日は家にダレもいないらしい。
ゴハンは?ときくと、カギあけるのメンドくさいとかつぶやいて、社のカイダン
にすわりこんだ。
…。お腹減ってないワケじゃないと思うけど。
「あ! ねぇねぇ…
オレ、食べるもの持ってるんだ。半分いる?」
家がちょっと遠いから、長めにいるならこのへんで食べてもいいかな、と
お昼用のおにぎりを持ってきてたのだ。
 スシじゃなくてよかった。具がナマモノだもん。
「…。栄吉のゴハンだろ? 足りないだろ1人分半分じゃ」
いいよ、ありがと、と首が振られたので大丈夫大丈夫、となるべくすずしそうな
ところにおいておいた手さげを持ってきた。
「父ちゃん、ちょっと多めに作ったみたいだから。10コあるよ。
5つづつ」
良い米と良い海苔だから美味しいよ!お茶もあるし!とアピールしてみると、
どうやらココロが動いたらしい。
しばらく考えてからこっくりとひとつうなずいた。

入口のすみっこの方にある水場で手を洗って、オレとタッちゃんは社のエンの上
にのぼった。正面だと人がきて見つかったらしかられるかもしれないので、うし
ろがわにまわる。
少し風が吹き出して、ざわさわさわ、とまわりの木がゆれる。
まだやっぱり暑いけど、かわいてきてそんなにイヤなカンジじゃなくなった。
ウラは日影だからそこそこすずしいし。
 エンに袋をしいて、アルミにつつんだおにぎりと小さめの水とうに入れたお茶
を出して並べる。
内ブタと外ブタに冷たい緑茶を入れて外ブタのほうをタッちゃんの方において、
アルミのほうは元から半分づつになってたので片方を向こうがわにおいて
包んでおいた風呂シキをたたんでいると、タッちゃんはおとなしくじーっと
ながめながら待っていた。
「…? 何でタッちゃん正座してんの」
あんまり見たことないぞ。
「…。栄吉がちゃんとすわってるから」
あ。そういえば家(タタミ)のクセでちゃんとすわってた。
飯の時はキチンと!と父ちゃんがとにかくウルサイのだ。
オレのはクセだから気にしなくていいよ、というと少しもそもそしてから体育す
わりにした。左のヒザに大きなバンソウコウがはってある。
「それ、いたくないの? 大丈夫?」
ときいてみたら、やっぱりあんまり気にしていなさそうで
たいしたことない、と答えた。
右うでの外がわにも赤い線になっている長い引っかき傷があるけれど
そっちも気にしてないから平気なんだろうなぁ…。
そんなことを考えてから、のんびりと二人だけでお昼を食べる。
なんだかすごくキチョーな気がするぞ。
タッちゃんはジュンと一番仲が良いし、オレはいつもちょっと早めに帰るから
あんまりおそくまでいたことないしなー。
二人だけでいるのって珍しいし。二人だけでゴハン食べてるなんてもっと珍しい
ぞ。 ホント。

 食べ終わって片付けると、もう一度手を洗いに行って。
パシャパシャやっているとタッちゃんがふと話しかけてきた。
「…このあと絵かくのか?」
「ん?う、うん。ヒマだったから紙出してみたけど…
別にきめてないよ。まだ」
あわてて答えると、タッちゃんはほんの少し考えるカオをしてから言う。
「…‥。えーと。 俺も夕方までヒマだし。
何かして遊ぶ?」
「え?」
―――本気でびっくりした。ジュン以外に、皆で遊ぶんでなく約束してるのって
見たことないぞ。 いつもは大体ジュンが言ってるもんなー。
びっくりしたままタッちゃんのカオを見直すと、タッちゃんはふいと困ったよう
に目をふせた。
「…‥。絵かいてたいならジャマしないけど」
「…‥」
ちょっと考えた。すごく考えた。
そんなに長くはないと思うけど。
「‥一緒に遊ぼ」
こんだけ言うのにすっごく勇気いったぞ。ホントに!
だってタッちゃんだぞ。
タッちゃんが一緒にって言ってくれたんだ。
とにかくうれしいぞ!     ――でもちょっとコワいなぁ。
走っても歩いてもイマイチおそいんだよね、オレ…。
「う。でも…何する?」
今度はオレがちょっと困ってみた。
タッちゃんはしばらく考えていたけど、ふとキョロキョロとまわりを見回してか
ら一つの方向を向いた。
「――城山に行こうよ」
「城山?」
ここの街に昔住んでたらしい、スマルなんとかというおトノさまの城のバショだ。
そういえばあんまり知らないところだなぁ。公園になってるらしいけど。
「…あそこをぐるっとまわってさ、一番高いところまで行って、下を見るんだ」
ここはレンゲ台っていうところで、川の中の大きな島みたいなところだ。
中州っていうらしい。
春に桜のさいてるときに、高いところから見るとレンゲの花みたいにみえるから
そういうナマエらしいけど、レンゲって田んぼに生えてるアレ?
ちょっと色がちがう気がするけど…
「ここ、春にはレンゲににてるらしいけど、夏だと何かに見えたりするの?」
きいてみると、わかんないな、と首が振られる。
「だから、見てみようと思って」
秋とか冬とか、何かに見えるかもしれないだろ?
茶色の目が、タッちゃんが何か決めたときの色をしてこちらをじっと見ている。
きっと一人でも行くんだろうけど、それに呼んでくれたんだ。
なら、タンケンだ。一緒に。
「わかった。一緒にいこ、タッちゃん」
笑って答えると、ちょっとホッとしたようにタッちゃんもニコリとした。

 城山をくまなくぐるぐる歩いて、てっぺんにつく頃にはけっこう時間がたって
いた。
「…うーん。ちょっと高さが足りないのかなぁ」
きっとお城の天守カクとかいう天辺からだと、もうちょっとイイカンジに見渡せ
たにちがいない。
「…でも、けっこう見えるだろ。何とか」
手すりにつかまって、下を見下ろしているタッちゃんは、そろそろ西にかたむい
て光を強くしている太陽にまぶしそうにしながら言う。
「うん。 ――――夏は、緑なんだね。桜色じゃなくて」
お城はレンゲ台の片方のはしにあるから、外から見るのとはちがうけど
ここが、川に囲まれているカンジは見てとれる。
きっと、青にぽっかりうかんでる、緑の木の葉みたいなかっこうなんだ。
秋は他の木で金色とかで、冬は黒いか白いんだよ。 と言い足すと
うなずいてから、この街は丸いって知ってるか?とたずねられた。
「うん。丸い形に川が中を曲がって通ってて、そのまわりにも広がってるんでし
ょ?」
「――うん。 それで…兄さんが言ってたんだけど、コレって
インヤン、って形ににてるんだって」
「〜インヤン?」
きいたことない、と言うと、インヨウ、っていって影と光を表してる、中国のし
るしなんだって。と“ウケウリ”だけど、という説明をしてくれた。
黒と白らしい。
「へぇ…」
じゃあ、半分だけに雪が降ったりしたら面白いよね、あ、白い花でもいいのか、
と言うとふーんと考えている。
「…‥。片方がさびしいだろ」
「うーん…じゃ、何か別の色にするとか。黄色とかないのかな?」
たくさんさく木の花となると〜〜と考えるとタッちゃんも首をかしげた。
ちょっとこれは“ナンダイ”というやつだ。
うーん、としばらく考えてから二人共次々に口にしたのは。
「まぁ…このままでいっか」
「このままでも、いいかな」
思わずキョトンとしてから、プ、とふきだしてしばらく二人でケラケラ笑った。
なんかすごく…楽しいなぁ。

 ひとしきり笑ってから、そろそろ下まで戻らなきゃ、という前に、
もう一度手すりから目の前に広がっている景色をながめた。
また少し、西に寄っている太陽の光が、タッちゃんの髪やカオをてらして、
金色のように見せている。
じっと、ながめていると気が付いたタッちゃんが振り向いた。
「…‥? 何?‥」
んー…とちょっと考えてから、答えることにした。
「今は、タッちゃんお面つけてないけどさ。
お面なくてもさ――― タッちゃん、ヒーローだよな。きっと」
カッコイイもん。 そう言うと、
おどろいたようなカオをして、それからふっ、と血がのぼって
―――耳まで赤くなった。
…テレた?
「…レッドはイチバンでリーダー‥だけどさ。
俺はそうじゃないよ」
少し早口に言い切るので、うーーん、と思い切り首を振る。
「レッドじゃなくてもさ。
仮面党じゃなくってもさ。
タッちゃんはさ、きっとヒーローだもん。
オレ、いつかタッちゃんみたいな、カッコイイ子のヒーローをかきたいな」
大人のヒーローじゃなくてさ、普段はフツーに遊んだりしててさ、
大変なことがあると、皆で助けに行くんだぜ? いーだろ。
「…‥。  そういうの、いいかも。な」
まだテレているけど、笑ってくれたタッちゃんのカオも、本日何度目かの
とっても珍しい出来事だった。

 そうだ、きっといつか考えるんだ、皆をモデルにして。
強くてカッコよくて楽しくて―――えーと、優しくて。
そんでもって、怪獣が出ても、そーゆーのじゃなくても、
ホントに困ってる人を助けてくれるんだ。
  かけたらいいな。
いつか上手くなって。

 タッちゃんがやっと落ち着いた風で、手を差し出す。
「…栄吉、帰ろう」
「―――うん!」
目の前にのばされた手を、そっととって、しっかりとにぎった。
 この手が、いつまでもそばにあるといいな。
茶色の髪と目のヨコガオを、頭の中のスケッチブックにかいてみる。
きっときっといつか。
いつまでもオレのヒーローだから。
きっとね。


   並んで降りてゆく、皆の街。
 緑の木の葉の浮かぶ光と影の中で。
 夏はまだまだ、ずっと続く。



                                 了.
20040629:up



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※ネタ元原典:ペルソナ2・罪(ATLUS)。 勿論ですが個人的なお遊びの落書きにつき、ネタ元の製作会社等には無関係です。