カレンダーが4月に変わる頃のある日。 奥さんの手伝っている農園のほうで何かあったらしく、午後から急遽臨時休 業になったので、急にごめんねと済まなそうにする店主さんからおやつにと 焼き菓子を多めに貰って戸締りを手伝い店を後にする。 今日は本来なら夜まで仕事だったので、午後の予定がぽっかりと空いてし まった。サントさんも帰りは夜の予定だし、折角お茶菓子貰ったんだから、 夕方前に引ける予定の筈のベリルさんを訪ねてお茶して帰ろうかな? と、携帯でメッセージを送ってみると、確実じゃないんだけど夕刻辺りには 帰れる筈なのでよかったらどこかで待っててねと返って来た。 アールズ・コート駅付近にはスーパーやドラッグストア・飲食店類もあるか ら一寸した時間調整には困らない。 ドラッグストアを見るだけ見て、以前幾度か行った飲食店の様子を眺めてか ら、荷物になるかもしれないから後でスーパー覗きに行こうかなと特に行き 先を決めずに通りを歩いていると、電車の発着時間なのか、地元民や、旅行 者の小さな一団が幾つか行き交う視界の端を見覚えのある色彩が掠めた。 道の向こう側で斜めにやや遠く。 淡くくすんだ茶色が目に入り、隣に橙のような赤金が並んでいる。 後ろ姿ではあるけれど。 あの日、ショーケースとカウンター越しに見た光景殆どそのままに熱心そ うに、歩きながらもペンとメモ帳を手に話し掛け、それにごく真面目な表情 で答えている様子。 サントさんは仕事用の肩掛け鞄を提げているだけだが、カロータさんのほう は肩掛け鞄以外にも手提げ型の布袋や紙袋を幾つか腕に掛け、メモ帳で何か チェックしている風にしながらサントさんに確認を取るように話し掛けてい た。 相談が纏まって試作用の資材でも買ったのかなぁ、とぼんやり眺めていると、 前の時と少し違うところに気が付く。 並んで歩いているのでわかりやすいが、カロータさんがサントさんに視線を 遣るとき何となく熱心に見ていて、距離が一寸近い。 メモを覗き込まないといけないから当然で、サントさんのほうは気にも留め ていないかもしれないけど・・・。 夕闇が降りてくる狭間の時間。 人波の向こう側で、こちらには気付かずに擦れ違ってゆく。 ・・・・・・・・・・・・ふと、 自分が一人きりだという強烈な孤独感に襲われた。 ダメだ、このままだとぶり返してしまうかもしれない。 目立たない場所の壁に寄って、ベリルさんに都合が悪くなったからお茶は またの機会にするという謝罪メッセージを送り、直ぐに返って来た了承の返 事を見てから携帯をしまって脇目も振らず帰途に就く。 家に辿り着いて寝室に飛び込んでドアを閉めて荷物を放りベッドの影の 部屋の隅に座り込む。 ここなら大丈夫、と思った途端にぼろぼろと涙が零れて止まらなくなった。 ・・・どうして、どうしてこんなに寂しいんだろう。 どうして・・どうしてこんなに胸の奥が痛むんだろう。 ・・・・・・・・・・どうして・・・ ・・ ・ 俺、 は・・・ |
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