俺がふと思い返している間に、サントさんは苦心しながらもポイントを見 付けたようで、順調に飾り紐を解き終えてくるくると巻いて結んでいた。 もうこの程度の動作なら全く躊躇しないなぁ。 「出来たぞ」 と一寸得意そうにこちらを見遣る表情に笑って返して、目線を戻してがさが さと包みを開ける手元を眺めながら内心緊張する。 「・・・・・ 花、の植木鉢の模型?」 精巧に似せてあるが見た目より随分軽いそれを不思議そうに眺めて、引っ繰 り返して底を見たり花の部分を弄ったりしている。 どこにでもありそうなシンプルな装飾形状だけの白いプラスチック製でや や小振りの植木鉢に、色合いの違う青紫系の濃淡と形状の違う花が幾つか寄 せ植えられたような見た目のそれには、植物用のプラスチックタグが土っぽ いところに刺されていて、 <Bellflower> とだけ手書き風に表記されてい る。 釣鐘型の紫よりの青紫から白の五弁のもの、似ているが紫寄りでぽってり と丸みを帯びたもの、星のように尖り気味の五弁を開いた青紫のもの、青紫 のやや大きめの五弁を緩く星形に開いたもの、四種が適当にバランスを取ら れているようだ。 「・・・私に花を贈ってどうしようというんだい?」 懲りないね、君は、と呟く口調は不服そうだけど、満更でもないのか今度は 生身の左手の指先で花を撫でている。 それにほっとして、 「いや、一応実用品なので大丈夫かなーっと・・ それ、植木鉢の上の部分が外れると中の容器に水を入れられるようになって て。 簡易の加湿装置なんです。 ロンドンって湿度たっかいのに乾燥してるじゃないですか? 喉痛めたりすることもあるらしくって・・・」 風邪の時期ですからね、と微笑い掛けると、う、と思い当たったらしく、改 めて花を眺め遣った。 「ふむ・・・ わかった。 貰っておく。 ・・・有難う」 柔らかく目を伏せ花を眺めて微笑むと、煙る藤の色合いの眸が眼鏡越しにも 甘く見えて心臓がどきりと痛む。 本当に表情豊かになったなぁ・・と既に遠く感じる記憶を思いながら、 「・・・・ところでですね。 お願い、があるんですけど・・」 「? なんだ、プレゼントの後にお願いってあれだが・・ 言ってみなさい」 一転してニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた彼に、やっぱ相変わらずは相変 わらずだなぁと苦笑して。 ふぅ、とひとつ息をついてから改めて言葉を紡いだ。 *** 俺がサントさんに切り出した“お願い”は、 『また二人暮らしがしたいけど、一緒に来てくれますか』 ということだった。 「ベリルさんにはなりゆきでずっとお世話になっちゃったけど、そろそろ 俺の症状も問題無い程度に落ち着いても来たし、お世話になってるバイト先 の件もあって当分はロンドンに居るつもりだから近くで物件探したんです」 サントさんは真面目な顔になって聞いていたが、 「・・・勿論、私は構わないよ。 でもベリルを説得出来るつもりはあるのかい?」 ベリルが発端の一度目は別として、二度やらかしたから、きちんと話さない とダメだと思う、と付け足されてそれはわかってますと苦笑する。 「・・イベント日にかこつけるのは一寸ズルかなぁとは思いますけど、後で お茶しながら話そうかなと。 ・・・サントさんも援護してくれます?」 ベリルさん相手じゃ余り期待してませんが、と、にっと笑ってみせると、 そうだなぁと考える素振りで中空を眺めている。 「・・・あとね、ベリルさんには言いませんけど。 前来たのは“あんなん”でしたけど、ベリルさんモテますから俺が居座って るとコブ付きでチャンスを潰しちゃったら悪いなと」 バレンタイン的に・・と付け足すと、 「当日じゃぁその意味では手遅れだろう?」 と苦笑してから、とりあえずお茶に同席するのは了承してくれた。 仕事帰りが遅かったベリルさんと、俺とサントさんが作った夕食を三人で 食べてから、紅茶と、お茶請け用にナッツとドライフルーツのビター寄りチ ョコ掛けセットと、バイト先で教えて貰って俺が作ったほろにがココアクッ キーを用意すると、あのひとにこういうバレンタインプレゼントもらったこ とあったと旦那さんとの思い出があったらしくすごく喜んでくれた。 少ししてから本題を切り出してみると、最近の調子はどうかとか引っ越し 先がさほど遠くないことや予定などを確認されたが、案外あっさりと承諾さ れた。 「・・・元々、家を出て放浪始めちゃう子をそういつまでも手元に留めてお けるとは思っていないわよ」 とそれでも心配気に苦笑する表情に、昔馴染みの従姉のお姉さんらしさが滲 み出ていたが、ふ、とひとつ溜息をついて。 「・・元気でいてくれれば、それでいいの。 有難う。 色々あったけど、賑やかでとても楽しかったわ」 髪を撫でて、頬にキスをされる。 「残り少しだけど、宜しくね」 「はい。 本当にお世話になりました」 俺がキスを返すと、ベリルさんがすすすとサントさんのほうに寄って行って 俺にと同じようにしようとするので、慌てて逃げようとしてたが、 「貴方もブルーノと居る以上身内なんだから諦めなさい」 と言われて捕獲されていた。 ・・・未だに謎なんだけど、ベリルさん的にサントさんは同輩なのかそれ とも俺と纏めて弟枠なの?? |
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