「・・・・?

・・・・・・!」



何を言っているのかよくわからない。
ぼんやりと開いた目が、漸く目の前に見えているものを認識する。
・・・・。
見覚えは、ある。

「・・・・・。
ブルーノ、君(くん)」
今度は音になった、と思い、急速に遠退いていく夢の気配から意識の主導権
を取り戻す。

目の前には、此処暫くで否応無しに見慣れてしまった、と言った方が恐らく
正しいのだろう青年の顔があって。寝台の脇に膝をついて高さを合わせ、酷
く気遣わし気な表情で様子を窺っていた。
光量を落としたスタンドライトの光がまだ暗い時分だと悟らせる。
声を聞くと、上掛けの上から腕を掴んで揺すっていたらしい手の力が緩み、
ほっとした表情で溜息をついた。
「・・・はぁ〜・・
よかった。
サントさん、なんか魘されてるみたいだったから・・」
とんとん、と軽く宥める時のような仕草で腕を叩くと、そのまま伸ばして
額に掌を当てられた。自分の温度が低いのか、それをやや熱く感じる。
そのまま首にも当てられたが、異常は感じなかったのかほんの少し指先で撫
でるように触れながら離れた。
「起こしてしまったか。
・・すまないな」
「・・・いえ。
前は俺が起こして貰ったし」
少し目を伏せて微笑う。
基本的に明るい性格でポジティブな彼とても、二度も異常事態に遭遇しては
精神的な安寧はある程度損なわれていた。
魘されて飛び起きた事も、言うように起こしたこともある。
私に対してしばしば過保護気味なのも、二度目の状況の後遺症もあると思う。
大丈夫だったから寝直すのかと思いきや。
そのまま腰を落として座り込み、軽く片手を掴まれた。
「・・・?」
目顔で問うと、えへ、と少し照れたように笑う。
「眠くなるまで少し掛かりそうだから、サントさん寝るまで
こうやっててもいいですか?」
「・・・」
ダメだと突っ撥ねたら落胆するんだろうか、と思いつつ、何故だか楽しそう
に返事をおとなしく待っている視線に、体勢のせいもあってどうにも大型犬
が待機している様子が浮かんでしまってつい苦笑する。
「・・・。
眠くなったら直ぐ寝るんだぞ」
ちゃんとそっちで、と、小棚を挟んだ隣の寝台に戻るよう釘を刺すと
「うん。
わかってますよ」
・・・。
そういう返事をして。冬だというのに、暖房切れた状態の部屋で転寝して
風邪引き掛けてたのは誰だっただろうか。
取りあえず毛布を取って羽織らせておいてから、諦めて目を閉じる。

 悪夢の名残で精神的な疲労は少し感じていたが。
今の些細な遣り取りのせいで、再び目を閉じることには余り躊躇はしなかっ
た。
“あの直後”には全く理解出来なかったけれども。
今はもう疑っていない、彼が私を気に掛けてくれている、という事実は
私の意志の支えになっている。
だから・・・ ・・

おやすみなさい、と呟かれた声に。
ん、とだけ胡乱気に返した。










←前頁 次頁→



嗅覚卓関連目次に戻る 路地裏に戻る