足元は白っぽい砂と打ち寄せる波。 少し砂浜に沈む自分の裸足の足が水に浸されているのを眺める。 馴染みの無い綺麗な明るい緑色の水だった。 透明に、少し離れた場所まで見えていて。 気温と水温で、此処は暖かな場所なんだな、と思う。 普段通りの服に適当に白衣を引っ掛けた格好で 何故、私はこんなところに居るんだろう。 ヨクシッテイルミズベハ ココジャナイ 微かに浮かぶ違和感は けれど、ふと近くに感じた気配に目を遣ると 何故か薄らいだ。 明るい色の髪に青い眸をした上背のある青年が 裾を捲り上げた足元を波打ち際に踏み込んで 少々子供っぽい風情で裸足の足先で砂を掻いて 揺らぐ水に興味深そうに瞳を閃かせている。 その視線がこちらに向いて 屈託の無い笑顔に変わった。 『 さん! お。 貝殻とか、・・珊瑚のかけらとか ・・・あ、こんなのとか』 何故か、呼ばれた部分だけよく聴き取れなかったが。 楽しそうにしゃがみ込み、袖も捲り上げて探っている彼は 幾つか目ぼしいものを拾い上げてこちらに少し掲げて見せる。 自分の興味を示しているのか、こちらの興味を引きたいのかは どちらともつかなかったが、煩わしいとは思わなかった。 「・・・・」 何か返答しようかと思ったが、何故だか特に思い当たらず。 軽く笑みを返すと、それだけでもよかったのか笑みが返され 改めて熱心に何か探し始めた。 ぼんやりと、水の向こうを見遣る。 浅い入り江のようで、離れた場所まで遠浅の様だ。 何時の間にか陽が傾いていたのか周囲の色が変わって来ていた。 黄金(きん)と紅(くれない)に染まって揺らぐ波と、薄闇を帯びる大気。 ・・もう帰ろうか、と呼び掛けようとして。 彼が拾い上げた何かを手にして動かないことに気が付く。 「・・・『 』?」 自分が呼んだつもりの、彼の名も何故か音にならない。 屈んで手元を覗き込むと、彼の持っているものは小瓶だった。 青くて、何か薬でも入っていそうな。 中に入っているものは、光度の落ちた周囲と逆に 仄かに燐光を帯びていく。 その光源は、瓶の中の液体に浮いている 細長くて、頑丈そうな 棘 ノヨウナモノ 反射的に奪い取って離させようとしたが ふと、彼の影になっている砂塗れのものが目に入る。 汚れた靴。 装飾的な造形の小瓶。 棚に使う敷物のような布地。 空っぽの菓子の袋。 泥塗れの上着のようなもの。 他にも幾つかが、掘り出されたように砂地に点々と転がっている。 なんなのか はわからなかった。 でもけして良い記憶に関わってはいない、ということだけは 何故だかわかる。 そうだ、彼から あれ を取り上げ・・ 「・・!!」 ほんの僅か、目を離しただけだと思ったのに。 波打ち際にはもう先程までの姿は無かった。 足跡だけが、波に洗われながらかろうじて痕跡を留めている。 周囲を見回すが、辺りは急速に暗くなりつつあり 代わりに昇って来た月は、やけにしらじらと波に光を映す。 雲も出ていて、光と影が幾度も幾度も入れ替わる。 「・・・『 』」 呼んでいるのに。 「・・・・・『 』ッ!!」 何故音に、声にならないんだ。 どうして! どう・・して? ふと、足元の感触が違うことに気付いて見下ろす。 辺りを見回そうとして少し海側に踏み込んでしまっていたらしい。 やや水が引いた拍子に裸足の足裏に当たったのは。 細かな砂ではない、硬い、ややごろごろとした細長い丸みを帯びたもの。 白いそれ、が 沢山、沢山、 ここは・・暖かい海だから。 そうだ。 白い砂は、珊瑚の破片なのだろう。 此処のものはまだ砕ける前のもので・・・何も、問題は、 それでも水から上がろうとした時。 違う何かを踏んだ感触で立ち止まる。 私の重みでか、それは ぱきり と音を立てた。 何だかわからないので一歩離れておく。 少しだけ待つと、翳っていた光が丁度雲が過ぎて差し込み。 そこが先刻自分が立っていた場所の近くだと、足跡からわかる。 先程踏んだと思しき場所を見遣ると、砂の中から白っぽいものが覗いていた。 僅かに躊躇してからそこを指先で掘ってみる。 細長く白っぽいものが繋がって 青いものと並んでいた。 それが、元の姿が想定出来る白く乾いた片腕の骨と 空っぽの蓋の無い青い小瓶であることに 気付き たく な |
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