「サントさん。
 あの、一寸いい・・かな」


 あと数カ月もあれば一年ほど間借りしっ放していることになる客間の入口
で開けたドアをノックして、隅に持ち込んだ折り畳み式の机に向かって作業
中の後ろ姿に声を掛けると、それほど集中していなかったのか「ん?」とい
う声と共に肩越しにきょとんとした表情が振り返る。
「・・どうした?改まって」
椅子を回して向き直ると、不思議そうに少し首を傾げて“右手”で肘掛に頬
杖をついた。
「・・ええっと、
今いいですか?」
「構わないが」
微笑って謝意を示して、自分用にしているベッドに腰を降ろすと、隣のベッ
ドに来て貰えるよう仕草で促した。
向かい合わせに座って貰うと、片手に提げていた紙袋を手渡す。
少し不審そうな表情になって中身を覗き込んでごそごそと引っ張り出したも
のを見た顔が、再びきょとんとしたものになり、それから、あ!と荷タグの
ような形の小さなカードを摘んで引いて文字を読む。
「ああ、そうか。
今日だったか
・・・・。
でもこれは、私が受け取るべきものなのかい?」
やや苦笑したように両手で持ったそれを眺めながら、ついついと右手の指先
で引っ張られているゴム紐で留めつけられているタグには
 <From your secret admirer.>  (秘かにあなたを信奉する者より)
というバレンタインの決まり文句のひとつが印字されている。
「むぅ。
折角サントさんの為に精一杯選んだんだから受け取って下さいよ。
 ・・・なーんてね。
一応、遅れまくったけど誕生日祝いも兼ねてますから」
こんな日にホラービデオ一緒に見るなんて余りにB級映画みたいでしょ?
と笑ってみせると、ああなるほど、と少しニヤと口の端で笑って、では貢物
として貰っておいてあげよう、とわざとらしい口調で包みを掲げてみせた。

 英国では夫婦やステディな関係同士が贈ったり贈り合ったりするバレンタ
インデーなのだが、男女の場合はどちらかというと男性側が気合を入れて贈
ることが多く、相手が居ない場合は相手探しのパーティーに出たり、この日
にやりたくないこと=同性同士でホラー映画を見るというよくわからないヤ
ケのような風習がある。
サントさんは知ってたようで応じてくれたが、医学系だと先輩とかにわざわ
ざスプラッタなやつとか厳選して見せられたりとかしそうな気もする・・。
俺は学生時代に失恋組に付き合わされて引っ張って行かれた。
ホラー映画だと恋人同士が襲撃されそうなもんだけど、最近のだとなんか
あぶれた組がヤケ映画してる時にも襲撃されそうでイヤだ。

 「はい。
じゃ、綺麗に開けて下さいね」
にっこり促すと、む、と右手に掴んでいた包みを膝の上に戻して眺める。
「・・・・。
わざとだな?コレは」
「売り場の上手い人に頼んで、凝ったやつにして貰いました。
プレゼントなら成果報酬があるからいいでしょう?」
むぅ、と、掌を伸ばしたより少々ある高さの円筒形に近いものを下から包
んで上で布袋の様に口を結んである包装の、全体にも装飾掛けされた複雑
な飾り結びをどこから解くべきかと真剣に思案しだした彼の“右手”を、
感慨深く眺め遣った。






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