宮田視点.verの反転で牧野視点。 向こうから見るとこうなっていました。 |
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そこへ彼に連れられて行ったのは。 多分単なる話の流れで、でも、珍しいことだったから。 円錐の傘の付いた丸い電球。 半地下に位置するようで窓は無い、真っ白な壁。 造り付けの半円の堀棚が二方の壁で五つほど。 高脚台付きの洗面器と、白く塗られた鉄製の寝台の上には簡素な白い 寝具が一式。 通風孔や金属製の扉も白。 それしかない、どことなく古めかしい部屋だったけど、 「・・・結構可愛いお部屋なんですね」 先程の些細な雑談で出た折には、つい何となくただ四角いばかりの本 当に素っ気無い感じのものを想像してしまったけど。 柔らかめの明るい白い光に照らされた室内は綺麗で、白尽くめの備品 や、互い違いに配された堀棚や上部のアーチの半円の丸みも相まって、 何となく可愛らしい感じがした。 そのまま明るい天井の辺りを、この方向って上に何があったんだった っけ、とぼんやり考えていると、 「・・・・。 牧野さん」 呼ばれた声が耳に届いて。 「・・はい?」 慌ててぼうっとしていたことを謝しながら振り向く。 宮田さん、は普段は無愛想で無表情気味で、無駄口を叩くことは余り 無いから、常から鈍い私には思考を察する事は出来ない。 でも時々、牧野さん、と呼ぶ声が音程が変わるような。 そんな気はする。 村の人達のように“求導師様”とだけ呼ぶのでないという、ただ、そ れだけなのかもしれないけれど。 もしかしたら、と時折埒も無い夢を浮かべることがある。 ・・・もしもほんの少しでも貴方に認めて貰えるようになったなら。 そうしたら、・・・いつか、ほんの子供だった頃の様に。 ただ、名前なんて何でもよくて。 自分が自分で、君が君だという、ただそれだけでいい。 なんでもないような時間を、ほんの少しだけ、でも・・。 一瞬の物思いを振り払い、何だろうと見遣ると。 「いえ・・。 一寸、前で掌を合わせて貰えますか?」 診察時にするような口調で、自分の胸前で軽く仏前で手を合わせる時の 様な仕草を示される。 ・・・以前、教会の敷地内で木から落ちた村の子供を念の為に宮田さん に診てもらった時に『きゅーどーしさまはこわがりなのにおいしゃさん こわくないんだね』と言われて慌てたことがあるんだけど(宮田さんは 私の狼狽振りに呆れたような顔をしていた)。 診察の時の、こちらを見ているようで見ていないような時は、こちらか ら向こうを見ていても大丈夫な気がするから。 だから怖くない。 ・・・・・何か物凄く子供っぽいような気がしてしまうけど。 だから、というわけでもないけど、あぁ、はい、と答えて素直に従う。 彼はポケットを探ると、コードを束ねる時に使うような短い半透明の留 め帯を取り出した。軽く手を添えられて、揃えられた私の両の親指に巻 き付けてきっちりと留め付ける。 一切淀みなく、何気無いような仕草だったけど。 ふと。 普段のように理由を説明しないことが気になった。 「・・・・? これも、何かの検診ですか?」 手が離れても口を開く様子は無かったから、尋ねてみる。 返事は・・・ 無かった。 突然、体勢が崩れる。 足が払われたのだ、と気付いた時には床に膝をついていた。 一度寝台横に当たって勢いが落ちたので、どこか痛めたわけじゃなかった けど。 「?! なに・・を」 状況の変化についていけなくて、それでも体勢を立て直そうとして、腕 が上手く動かせないことに気が付いた。 束ねてある親指。 これって・・・そういえば何かで見たことがあるかもしれない。 こうじゃなかった気がするけど腕を拘束する方法だった、ような。 漸く考えが至って、はっと傍で見下ろしている彼の顔を見上げた。 ・・・・・。 普段よりも無表情、な気がする。 ・・・まさか、 「説明、しましたよね。さっき。 此処は、不都合な人間を当人にも知らせず“取り合えず”“入院”させて おく予備の部屋だ、って」 淡々と、言葉が落ちてくる。 「・・・え、だって。 冗談、だって・・言って」 まさか。 血の気が引いていくのが自分でもわかる。 ・・具体的に、“神代の犬”とも呼ばれる<宮田>の仕事について知って いるわけじゃない。 でも、私達が“対”だったから殊更に。 物心付く頃から、折に触れて囁かれていた噂の端々では耳にしていた。 普段は余り考えないようにしているのだけれど。 でも。 でも・・・ 「・・・“宮田”は嘘吐きじゃないと務まらないんですよ。 特別に、ね」 こちらを見返す表情は、言葉と同じように淡々としていて。 ・・・。 今日は少し前の不調続きの復調の確認ということで呼ばれていて。 急ぎの診察ではないからと医院の休診日で。 特に用は無いからと、看護の人は別の用をしているということで見当たら なくて。 ・・・けど。 「・・え、で・・でも。 なんで、私・・ まだ・・・ それとも何か・・・」 これといった原因が思い当たらずに混乱する。 “儀式を仕損じた求導師は代替わりしなくてはいけない”というしきたり は知っている。 言葉どおりなら単なる不適格による失脚。 何を持って償え、とは定められてはいない。 けれども。 求導師は大概、儀式を迎える日まで長い時間を捧げて生きてきているから。 義父である先代は、その失敗によるものといわれる多大な災厄の罪悪感に 耐え切れずに、私がかろうじて後を引き継げるまで待ってから命を絶った。 ・・・他所の住民なら、そんな関連性は迷信だ、とか偶然だ、とか言われ るかもしれない。 でも。 この村では、それは厳然とした“事実”で。 突然の義父の死を目の当たりにした時から、私はずっと、あんな風に死に たくない、と怯えている。 この小さな“世界”の仕組みがそうならば、多くに望まれることを努めて、 災厄を防げたら。 そして、たったひとつでも何かを遣り遂げたという結果を得たい。 それを考えて日々を過ごして来た。 云われるままに、望まれるままに。 余計なことは考えず。 色々なものを見ない振りや、気付かないまま・・。 あの声も、夢も、聴こえない。聴いちゃいけない。 本当は、わかってはいるけど。 本当に、わかってはいけない。 だから。 ・・だから・・ 私がこの世で一番恐れているのは、きっと、目の前の彼。 私の、半分。 本当に、一番嘘吐きなのはきっと、私、だから。 顔の辺りに手が伸びて来て、反射的に逃げたくて立ち上がろうとしたけ れど。 寝台と、ほんの二歩程離れて立つ彼の間で何処にも行けずに立ち竦む。 「・・・ぁ、・・」 肩に手が伸ばされて、行き場所が無くて寝台の向こうの壁際へ逃れようと したのを掴まれてうつ伏せに引き倒された。 大して力を込められているわけではないのに、肩を抑えた片手と脚裏に載 せられた片膝だけで簡単に動きを止められてしまっている。 厚地の黒衣が無いので、シャツの布地を通して感触が直接伝わるのも状況 をより認識せざるを得なくて。 姿勢を低める気配がして、耳元に声が落ちた。 「・・おとなしくしてて下さい。 牧野さん」 顔は見えないけど、無表情な、声。 更に血の気が引く。 「・・なに、を」 「この部屋、音が通り難いので。 騒いでも無駄ですよ」 意味を考えたくないけど。 部屋の説明が本当の事なら、何らかの手段で“入院”してもおかしくない 状態にする、ってことなんだろうか? ・・・・この白い部屋に封じられて、唯一人でずっと居る光景を朧気に 想像する。 あの声が聞こえても、夢を見ても、誰も居ない。 耳を塞いでも、記憶の声を止める事は出来なくて。 他の物音で誤魔化すことも出来ない。 頭の中から、部屋の中に、反響して、木霊して、 逃げられなくて、意味が分からなくて、分かりたくなくて、 どうしたらいいのかわからなくて、 きっと、きっと・・ 本当に私はおかしくなってしまうかもしれない。 上で身を起こす気配がして、横腹に手を掛けて仰向けに転がされた。 ひたすら情けないが、恐怖で一杯になりかけて泣き出しそうになりながら 小さく上げた声は裏返った悲鳴だった。 「・・ゃ、っ、 みや、た、さ・・!」 間があって。 ・・・深々と、溜息が落ちた。 「・・・・・。」 「・・・・・・・。 ・・・・? みやた、さん・・?」 恐る恐る呼んでみると。 もう一度、溜息が聴こえた。 「・・・・・・・・。 冗談、です。 “求導師様”をいきなりこんなところに閉じ込めたりしませんよ。 替えが居ないじゃないですか」 ・・・それは理由になるんだろうか? 「因みに、此処は感染症等の一時隔離用の部屋ですが普通の病室です。 ほら、手を出して」 さっさと位置を変えて、椅子が無い時するように寝台の端に腰掛けた宮 田さんは最早何事も無かったかの様子で私の行動を要請する。 もそもそと上体を起こして躊躇いがちに差し出した手からあっさりと拘 束は外されたけど。両手の指先を確かめるように動かしてみてから改め て彼を見遣った。 「・・・・。 なんで、ですか」 ・・好かれているとは思っていない、けど。 嫌われているかもしれない、と思うこともあるけど。 それでも。 はっきり拒否を示されたら、きっと、 私は、まともに話すことも出来なくなる。 (今だって出来ているとはいえないけど) だけど・・ 本当に、こんな機会は無いから。 それなら、訊いておきたい。 本当の事は言ってくれないかもしれないけれど。 自分の心臓の音が聞こえるかと思うくらい緊張した、少しの後に。 「・・・4月1日」 「・・・え?」 予想していない言葉が聴こえて間抜けた声を上げた私に、彼は平然と続 ける。 「エイプリル・フール。 ・・・知らないんですか?」 「・・・・・・・ し、知ってますっ、けど・・・ 確か、些細な悪戯をするもの、だって・・・・」 「私には些細なんです」 しれっと返されて、では、お送りしましょう、と片手が差し出された。 ・・・・何だか、遊ばれているような気がする。 でも、確かに今日は4月1日で・・・。 まさか本当に唯の悪戯だったんだろうか?と、まだ納得しきれない気が するけど。それでも、向けられた手を掴んで寝台から降りた。 休診日に訪ねていたので、横口から送り出されて。 どうしても、何か言っておきたくて数歩歩いた先で振り返る。 「・・・宮田さん」 「なんです」 「今日は間に合いそうに無いので、次くらいに考えます」 そちらが“遊び”だと言うのなら。 こう答えれば、いいんだろうか。 「・・・・・。」 勇気を出して言ってみた、んだけれど。 一旦沈黙してこちらをしげしげと眺めた宮田さんは。 それこそ珍しいことに、ひどく可笑しそうに小さく吹き出して笑った。 うぅう・・、もしかして、本当に馬鹿だと思ってるでしょう・・・。 「・・頑張りますからっ」 「返り討ちにしてあげます」 あっさりと返され、ひらひらと手を振って背が向けられる。 こんなんじゃ・・・何時まで経っても駄目だよなぁ・・・。 こっそり溜息をついていると。 声は聴こえないのに、何故だかまた笑われたような気が、した。 |
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蛇足。 絶対ぐだぐだだ、と思ってどう書きゃいいんだろう、と思いつつ。 書いてみたらやっぱりぐだぐだぐるぐるしてた。 ついでに。 ifのケースで“結末の帳尻”は一応合うかもネタの落書断片。 交差点付近で、それ以前にもあれこれ違う場合のとあるルート。 視点は宮田→牧野 |
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「・・・っ、みやたさ・・っ、 みやたさ・・・」 泣きながら、呼んでいる声がする。 ・・・・・ああ、そうか。 牧野さん、か。 意識は何とか浮上したが、身体が重い。 感覚が鈍くて、何かの膜を通しているようにどことなくぼやけていた。 それでも、重い瞼を押し上げると覗き込んでいる顔が映る。 「・・! みや、た、さ・・」 驚いたように瞳が瞠られて、それからくしゃりと顔を歪めた。 「ごめん、なさ・・っ・・ごめ・・・・」 泣き続けているので、ろくに言葉になっていない。 ・・・・でも、そういえば泣きそうな顔、は幾度も見たことがある筈だが。 このひとがまともに泣いているのを見た記憶は無い、気がして少し不思議 な気分になった。 上手く動かない手を何とかその頬に伸ばすと、指先が涙で濡れた。 「・・・。 牧野さん」 少し掠れたが、声は出る。 まだ、もう少しだけもつだろうか。 「・・・・本当は、何事もなく儀式が終わったら。 やっと、貴方も同じ“人殺し”になるかと思っていたのに、な。 結局、貴方はそういう風にはならないように出来ている、んだろうか」 涙の溜まった目を瞬いて、ひくっ、と一度しゃくりあげた彼は袖で涙を拭 った。 「・・・・。 いいえ。 わたし・・は。 ただ、そこに生まれついたという何の責も無い、美耶子様だけでなく。 自分の為に、色々なものを、見殺しにしてきた、んです。 何も、違わない・・・んです」 こんなことを、貴方に言ったらわかっていない、と思うかもしれませんが、 と途切れ途切れに呟いた瞳は、涙で洗われて澄んでいる筈なのに酷く暗か った。 「・・・。 そういえば、あの声、は貴方にも届いていたんですよね?」 尋ねると、何が、と訊き返されることは無く頷いた。 「・・・・この状況になるまで、何のことかわからない事があったけど。 今は、大体わかります」 微かに微笑んだ表情に、 「・・・・頼みごと、きいて、貰えますか?」 どんな、とも訊き返さずに頷いた彼に。 出来る限り簡潔に伝えるべく少し思案を巡らせる間だけ、小さく息をついた。 彼を包んだ炎の匂いも遥か遠くなり。 出来得る限り急いで通過可能な場所を探し出して目的の場所へ急ぐ。 ・・・本当は、この役目はきっと彼が適役だった筈なのに。 何故かばったのかと訊かれてもわからないから訊かないで下さい、と笑った 彼は、もう動くことは出来なかったから。 赤い雨が降り続けるこの異界では、遅かれ早かれ生きているものもあのよ うになってしまうのだと言って。 彼は冗談のように、『・・だから、私の為に死んでくれますか』と囁いた。 こんな時なのに、そんな状況なのに。 それでも、彼に何かを託されたことが嬉しかった。 だから、出来る限りのことをすると約束すると、彼はもう一度、笑った。 『遣り遂げる、と言わないところが貴方らしいですね。 ・・でも、きっと・・それでもいいんです』 だから。 最後まで、諦めたく、ない。 辿り着いた場所で、ダムの底を見下ろすと泥人形のように見える人影が沢山 蠢いていた。 それは、赤い海で目にした進む人影とは似ているようで似ていない。 可能な限り変わらないことを選択したものたちの末路だった。 ・・・もしかしたら、自分たちや両親も、この一群の中に居たかもしれない、 と思うと酷く胸が痛んだ。 ごめんなさい、先代美耶子様。 そして、ありがとう。 懐から、大切にしまっておいた人型土偶のような品を取り出して両手で抱える。 使用者の命を代償に、浄化の力に換えて放つ道具だ。 全く怖くない、といえば嘘だったけど。 これは私をも救ってくれるために、彼が私に預けてくれたのだ。 だから・・・ 像に向かって祈りを込める。 どうか、私の力が及ぶ限りの皆が・・この連鎖から解放されますように。 急激な脱力感を感じて膝を折る。 青い光が四散するのを確認して、漸く安堵して溜息をついた。 ・・・これで、いいのかな。 彼の・・弟の、本当の名を呟く。 知っていたけど、こんな最後の最後になるまで口に出来なくて。 それでも。 あの時、一度だけ呼んでみたら少し可笑しそうに、何だか耳慣れないな、と。 小さく笑ってくれたから。 ・・・と。 ふわ、と目に見えない感触が像を抱えたままの両手の上に重ねられる。 薄暖かな何かに包まれたような気がして。 耳元で、小さく、本当の名と。 少し躊躇ったように、兄さん、と呼ぶ声がした。 |
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理由は臆病ゆえの慎重さと、死にたくないという強い恐怖心と、例え見捨てたと いわれようが明らかに無理なことはしないとか、運のよさもあるだろうけど。 二日間一切戦闘せずに!(例え失敗ループで死屍累々を築いていようとも) 逃げ続け生き残り、終いには巣の中枢まで行って出てくるという行動力を過小評 価してはいけないと思うのだわ。 というわけで。 牧野が牧野のままであの場所に辿り着くパターン、です。 庇った状況は狙撃系屍人辺りで。 20140416: ------ 更に蛇足。 ↑を書いた際には、微量混入レベルなら、うりえん発動して生命力を一時的に使 い切った状態で青炎に灼かれればとりあえず肉体は消失出来るんじゃなかろうか と思ってたんだけど(完全に呪縛が解けなくて異界離脱はダメでも精神体だけに なるとか)。ぴくしぶで色々読んでみて少々悩んでいる。どーなんだろう。 直系の血の呪いを完全に断ち切るには、対だたつしと同様にSDKの持ってるきる でん属性発動後の焔薙も併せて使わないとダメなような気はするが。 (大概の村関係者は皆ある程度血を引いている筈だし(だから八尾の影響下にある) 単に血脈ではなく直系の呪いは特殊仕様) そういや、なんで(耐久的にはアホ頑丈だが通常の屍人の範疇の)淳がいんふぇる の来れたんだ?って言われてたが、神器の焔薙持ってたせいかな?(発動前でも 特殊アイテムだし) それと、うりえんがワンセットなのもやはり意味があるのか? あと、肉塊⇒水蛭子 を幾つか見かけて「そういえば・・」と思ったんだけど、 神社の縁起はやおびくにネタっぽいんだよなぁ。でも、NTみたいに何らかの形 で転移してそういうことになったとしたら・・・それこそ“ずっと見てるだけし か出来ない”なんて・・TT 0426: |
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