★★ ★★


伝承にしか聞いた事の無い姿の吸血鬼はどれほどの能力があるのかわか
らない。チェリルが張ったという結界の詳しいことも不明なままだが。
「とにかく、事が済むまで安全な場所に潜んでいて下さい」
下の様子を窺いながら、下がっているようにとマスターの肩口を片手で窓
際に押し遣る。大人しくしていてくれる保障はどこにもないが、“回復を
含めたヴァンパイアの能力の一切が使えない”状態で、今の姿をとったま
まのマスターがダメージを受けたら危険かもしれない。
いや、元の姿に戻るのに支障がないとしても“生身”に変わりは無いのだ。
中階の通路から飛び降りようと手摺に手を掛けると呼び止められた。
「おっと、待てよチェリー!!
忘れ物だ」
私から借りていた眼鏡を取り出して、軽く掴んで差し出している。
伊達なので別に今無くても構わないのだが何故、と考える間に。薄く微笑を
浮かべたマスターが、
まだ聞き慣れない女性の姿に合った声で命ずるよう
に告げた。
「姫(プリンセス)に騎士(ナイト)のキスを。」
・・・・・・。
この状況で茶目っ気を起こすのは本当に止めてほしいのだが、この人に言
ったところで無駄だろう。頭痛を覚えて額を押さえたものの拗ねて余計な
ことをされたらもっと問題が起きかねない。
“彼”はかつて騎士だったのだと以前の一件で知ったが、逆の状況で私をか
らかってみようと思いついたに違いない。
・・・まあ、まだ数々の面倒事に比べたら可愛らしい我儘のうちだ。
今は“姿だけは”紛れも無く“女性”なのだし。
いさぎよく諦めて、差し出されている右手の指先から眼鏡を受け取り、そ
のまま何時もより少し細く柔らかな手を取った。
僅かに奇妙な感慨を覚える。そう大した前でもない時期まで、私はこの人
に刃を向け続けていたというのに。
身を屈めてその甲に唇を軽く触れた。
「『命に代えましても。』」
“台詞”で告げ返すとそのまま離し、何時もどおりに眼鏡を掛け身を翻し
て今度こそ迷わず階下に飛び降りる。
依頼主のためにも、マスターが無事であるためにも。
・・・・早く、終わらせなければ。





二章「ヒエロクルスの迷夢」の一場面
・・・を推測補完入りで書き出してみました。
文が死滅しててどうにも申し訳ないlllorzlll


此処のチャーリーはかっこいいと思うのです。
反論せず折れたのはきっとこんな理由だろうと思っている(笑)。

20110816:



・・・ 目次に戻ります / おまけ頁に戻ります / 一章分へ