「よる」


  夜は昼の逆。
  夜は暗い。
  夜は半分どこか違う世界。
  夜は…ひとり。
  月の夜は影もついてくるけど。
  月の無い夜は、ボク、ひとりだけ。
  星には、遠すぎて、手が届かない。

  此処に灯りをつけるには、どうしたらいいの?
  ずっと、答えをさがしている…


             ***********


 遠くから、声が聴こえる。
誰かを呼ぶ声。  ―――そばにいる、誰か。
「…来ちゃったか。もう、帰らなきゃ」
明るい茶色の髪がすいとゆれて、声のした遠くに顔を向ける。
近くにいるのに、ふいと遠い感じになって。
振り向いて、もう一度、ここに確かな気配が戻る。
「途中だけど… 明日?」
残念そうに話の続きの先を告げて、うかがうように顔を見る。
「――うん。また、明日ね」
笑って返事を返すと、ニコリと笑ってうなずいて。――じゃあな、と。
立ち上がって、きびすを返して走っていく。
一度振り返って、手を振って。
   待っているひとのところへ。

「バイバイ。また明日ね」
ボクも手を振る。きっとまた明日。

 …‥。
誰にも聞こえないように、小さく小さくため息をついてみる。
ボクは、ちゃんと、笑えているよね?


           ***********


 さっきまでそこにいた気配がいなくて、もうここにいても仕方ないから。
…帰ろうかな。
でも、今日はまだ少し早いかも。
夕焼けの、夜と昼の境目の色が空に残ってる。
「…散歩して、帰ろうかな」
遅くなってからあんまり一人でいちゃいけない、ってパパが言ってたけど
まだ犬の散歩の人とかいろいろいるから大丈夫だよね。
ボクだってもう、あんまり小さくもないんだもの。
公園の中を、ぐるっとまわってから帰ろうっと。
 暗くなりだして、外灯がともりだす。
白い光、黄色っぽい光。
門の外の白く明るい光の下を抜けて、空の色に照らされている公園へ入る。
入ってすぐのところは、邪魔がないからぐるっと見渡せる。
空は、丸い気がするよ。
星と月がもう光ってる。
 いつも一緒に遊んでいても、皆夜まではいられないか
ら。
中々星は見られないけど。
星座盤持って集まって、星をさがすのも楽しいかも。
天体望遠鏡もあるし。  …今度相談してみようかな。

 考え事をしながら歩いて、ふと何となく砂場のほうを見ると、
端にある水飲み場のところに誰かが立っていた。
もう暗くなってきたから、空の色は青くて暗い。
近くの外灯の白い光で妙に白く反射しているのは、白いシャツと、
白っぽい髪の色だった。
下は黒いズボン。その足元から青い影がのびて、動きにつれて少しぼんやり
したりんかくが影絵のようにうつる。
パシャパシャと水音がかすかにきこえて。
何だかどこかで――知っているような気がする。
 近寄って行って、はっきり見えるところで立ち止まる。
3メートルくらい。
ボクの影は立っている位置が違うから、そのひとの影には届かない。
でも、気が付いたのか水音がやんで、誰かは顔を上げた。
白い光で、白い顔。やっぱり白っぽい、薄い金のぼさぼさな髪。
「あ?何だ? ――ここ、使うのか?」
まゆと口元をしかめてきいた顔と声は、やっぱり記憶にあった。
ううん、と首を振ってすぐそばに寄るとアレ?と思い出そうとしたらしく、
またちがうふうに顔をしかめた。
「…。 んァ? …アレ?
橿原先生…ンちの子、だった…っけか」
ちょっと不思議そうに、そう呟いてから思い出したみたいで。
こっちを向いて、笑った。

  「なァンだ。 よく、このへんで遊んでンのか」
まだ途中だったみたいで、そのハンパにライオンみたいなひとはもう一度
パシャパシャやりながら言った。
 ――ケンカ、したのかな。
あっちこっちスリキズとか切りキズとかアザとか。
強いのかな。でもケガたくさんしてるからあんまり強くないのかな。
…確かパパが、“ケンカを売って買って回ってる”って言ってたけど。
それと詩を書くのが好きで、どこかの宇宙人の声が聞こえたりするって、
ちょっとフシギなひとだよね。
ごちゃまぜなかんじ。 …感覚派、ってやつなのかなぁ。
 パパがしばらくずっとかかりきりになってる研究に“必要不可欠な人材”
とかだけど。前に一度か二度、パパが家に連れてきたら丁度ママが居て
キゲン悪くて、追い出されるみたいに帰らされちゃってた。
…まぁ、ママはもっとキライな人がいるみたいだけど。

 やっと洗うのをやめたライオンもどきさんは、プルプルと犬みたいに顔を
振って水のしずくを飛ばしている。ハンカチないのかな?
ハンカチを差し出してみたら、あ…悪ィ、と受け取ってふいたけど額のあた
りが切れているのか、つーっと落ちてきた血が布に染みをつくる。
教えると、慌てたようにおさえてからこっちを見直した。
「そういや、もう暗いけどよ。帰ンなくていーのか?」
そんな遠くないだろーけどよ?ときくので、とりあえず、今日は誰もいない
んだって言っておいた。
ママは出かける予定だったし、きっとパパはまた帰ってこない。
ヘルパーさんはいつも夕飯の支度をしたらいなくなるし。
…珍しくも、ないけど。
ふーん、とナットクしたのかわからない調子で言ってから、
「じゃ、も少し遊んでくか? 先生に電話してやっから」
と目の前のひとは続けた。
どうやら、ヒマみたい。
このひとなら、パパのよく知ってるひとだし、いいよね。
うなずくと、公園の端の電話ボックスに向かっててくてくと歩き出したので
ついていく。時々振り返って確かめるのが、少しおもしろい。
隠れんぼなんて、しないよ?
もう夜だし。
 電話ボックスにつくと、ポケットをさがして10円玉を取り出した。
ボタンを素早く押すと、少し聞いていたけどチッと舌打ちをして切る。
留守電だったみたいだ。
もう一度かけようとしてポケットを引っくり返していたけど、派手に舌打ち
をして、あいつら財布持ってきやがって!とか怒った犬みたいに低く唸って
いる。無いみたいだね。
自分のポケットをさぐってはい、と10円玉を差し出すとほぇ?とまた不思
議そうなカオをした。 小学生のほうが連絡用って持ってるものでしょ?
パパが“備えあれば憂い無し”って言ってたからボクは名札とランドセルと、
それ以外はポケットにちゃんと持ってるよ、と説明すると。ふーんとうなず
いてからニパッと笑った。
「そか、んじゃ、コレ借りとく。  …あんがと」
――声は、コワくないんだよね、このひと。
もう一度かけた先は、しばらく待ってつながった。
「―――あ、…センセか。スドーだけど。
橿原先生、まだガッコにいる?」
少し話してから電話は切られた。
「資料集めに、ダイガクの研究室当タリに行っちゃったらしーぜ。
しょーがねーから一応、伝言しといたけどよ」
ま、いっか、と一つ息をついて電話ボックスを出ると、ボクが出るまでちゃ
んとドアを押さえてくれてから、放して閉じた。
「じゃ、テキトーに遊ぶか。
どーする?」
うーん。遊ぶ…んだけどこのひととじゃ、何して遊べばいいんだろ。
少し考えていたら、あ、そーだ、と声があがった。
「花火やろーぜ、花火♪」
「?」
でも花火持ってなきゃできないよ?と言うと、コンビニに売ってるだろッ、
といきなり座り込んだ。
横にしゃがんで見ていると、厚めの運動靴の底の一部分が外れて、
中から細くたたまれたものを取り出した。広げたのは千円札。
両方の靴から一枚づつ。
「おー」
びっくりしたのでひみつ道具みたいだね!とホメてみると、まァなーと笑っ
て、ボクの手を引いて近くのコンビニへ連れて行ってくれた。

 血がついちゃったから代わりにと買ってくれたハンカチと、
アイスが1つづつ、安い花火が2つ。
と、小さいオモチャのプラスチックバケツが1つ。
最後のはボクが見つけたんだ。忘れてたみたいだから。


 公園に戻ると、もうすっかり夜で外灯のあかりがとてもまぶしい。
水飲み場に戻って、アイスを食べながら空を見上げる。
本当は暗い方がよく見えるんだよね。
あんまり街とかのあかりが強いと“光害”になるらしいし。
そのまま空を見上げていると、バケツに水を入れていたスドーさんが
「オマエもやっぱり星が好きなの?」
と水を止めて、上を見上げた。
水音がしないと、遠めの車の音と、風の音だけがきこえる。
「…‥。見てるとナンか、ややこしーことはどーでもよくなッてくんだよ
ナー…」
ぼんやりとした口調で呟いてから、ポケットからライターを取り出した。
キシュ!
花火セットについていたロウソクに火をつけて立てて、しばらく花火にかか
りきる。
 …昔こんなふうに、夕飯のあとに遊んだことがあったような気がする。
まだ、パパとママがケンカしてなかった頃。ずっと前。
マッチ売りの少女みたいな気分で、色のついた火をながめる。
幻の記憶は、次々に消えていって、失くなってしまう。
手につかめないし、とっておくこともできない。
咲いて散る、炎の花。
キレイだけど…ちょっと、キライ。
 急に黙ってしまったボクに、スドーさんが話しかける。
疲れたか? 眠いか?  それとももう帰るか? って。
ちがうんだけど…  本気であたふたしてて、ちょっとたのしい。
このひとなら遅くまでいてくれるから、時々遊べたらいいのにな。
一緒にいて、話とかしてくれたら。
でも、いろいろやること、あるんだろうし…。
…‥。今度、パパが家にいて、時間がありそうだったらきいてみようかな。
 「ねぇ、スドーさん」
「んぁ?!」
いきなり名前を呼んだから、ライオンもどきさんはとてもおどろいたようだ
った。水につっこんでかきまわしていた最後の花火の棒を放して、ぴょいと
こっちを見る。
「…ナンだよ」
「――。んー、いいや。
またさ、遅くに会えたら、遊んでね?」
スドーさんは少し「?」というカオをしたけど。
「ん――。 うン。いいぜ。
一人でつまンなかったら、遊んでやっからな!」
にぱっと笑うと、やっぱり怖いようには見えない。
ヒマでつまんない時、ケンカばっかりするのかな。
パパの仕事の手伝いは面白いのかな。よくわからないけど。
楽しいと、いいね。
「―――んじゃさ、今日はもう帰ろうぜ。送ってっからさ」
ゴミを捨てて、キレイにしたバケツをもらって。
も一度手をつないで家へと帰る。
ちょっと“問題児”でもいいから、ボクにもお兄さんがいたらよかったのに。
スドーさんは“ちょっと”かどうかわからないけど、でもそれでもいいかな。
何となく、仲良くなれそうな気がする。

 カランカラン、とプラスチックのバケツが鳴っている。
 これに一杯星をすくえたらいいのに。
 そしたら家のあちこちに置いて、夜になると光って。
 太陽の光をすいこんで。月の光をはじいて。
 そしたらきっと、淋しくない。
 いつでも光が、一緒にいてくれる。

「じゃァな! またコンドな!」
家の前まで送ってくれたスドーさんは、忘れるとこだった、と10円玉を
リチギに返してから大きく手を振って、何度か振り返ってから帰って行った。
背が高いから、しばらく見えている。
白と黒の、人影。
  今度また、遊べるといいな。
  きっとまた、遊んでもらおう。
明日の明日の…‥ いつかの明日の、その先に。


 今日は一人でもきっと淋しくない。
明日まで、何してようかな。
自由研究ももうそろそろ終わりそう。片付けちゃおうかな。
 カギを開けて中に入る。
「ただいまっ!」
誰もいなくても、家にアイサツするんだよ。
家にもカミサマがいるんだって。
 ヒマになったら本を読もう。
いつか読んだ、ライオンがたくさん出てくる話がいいな。
もう一度。


            ***********


  ぱたん。扉は閉じて。
  一人きりの子供は家の中。
  月と星に照らされた玄関の前。
  影法師が一つ、立ちあらわれてくるくると踊る。
  影のバケツで星をすくうふりをして。
  きらきら。
  くるくる。
  からから。
  振りまいた光のあとに、影はなく。
  ただ、月が、光を落とす。


         ―――いつかの夜の、小さな話。


                                  了.

20040719:up






 黄緑の箱の三連、の別側として派生したものです。
別時間別視点。
最初はほぼ前後した日の、淳(→達哉)視点のつもりだったんですが。
なんか違うなー…、と一番目の下書きを書き出してみたら淳と須藤さん、になったの
でなんだこっちのタツヤだったのか、ということでこうなりました。
子供の頃の淳、ともう一人のタツヤこと須藤竜也君、で。
(資料一切確認していないのでイメージのみです。口調…;;)
纏まりが悪かったので下書きを二度やりましたけど…やっぱり纏まっていません;;
色々無謀過ぎました…。

 この二人がマトモに知り合っていたら多少流れは変わるかもしれないのだろうか。
ということで、ニアピンで。
会っているなら、こんなかんじに掠っていそうなイメージがあります。
(時間辻褄的にはもっと前な時期のほうがややこしくないんですが…;)
須藤さんは「橿原先生んちの子」+「なんかオレにビビらない子供」って感じで。
淳のほうは「パパの手伝いしてるひと」+「一寸変わってる白いお兄さん」。
印象はライオンもどき、のようですが。
 最後のほうで淳が言っている本は、「ライオンがならんだ」(佐野美津男さん)と
いう童話です。仲間をさがしに旅に出たライオンが、普通のライオンから不思議なラ
イオンまで様々な仲間を加えてゆき、住む場所をさがして旅する話。筋はシンプルな
んですが、勢揃いした光景は中々壮大です。白いライオンもいて一寸須藤さん色彩か
も。

 靴に隠してある…ですが、まぁ何かの時の非常用(笑)。遠出して資金無くした時
の時の路銀とか。細かく千円なのは、なにせ自分で加工した靴底なので、水とか染み
たりしてダメになったりしたら流石に押し込んだ手間とか勿体無いから、という…。
そんなとこだけ微妙に学生らしくセコく(?)。
ちなみに、淳がバケツをゲットしなかったら須藤さんは水飲み場の下の溜め囲いの
水たまりか、そのへんの土にでも燃えカス突っ込んでいたと思われます。
花火は使用上の注意を守って正しく遊びましょう…。
(もしも、普通の花火作るほうに興味とかあればねえ・・・)


原作の淳はカップラーメンがどうのってくらいほったらかされていたようですが、
出かけっぱなしの時期に多少家をどうにかしようとしたことがあるんじゃないかなと
(見栄的な意味で)お手伝いさん設定を入れてみました。
でもきっとそのうちにどうでもいいことでクビにされている予想・・。



                                         戻ろうかな。/
もう帰ろう、っと。




※ネタ元原典:ペルソナ2・罪(ATLUS)。 勿論ですが個人的なお遊びの落書きにつき、ネタ元の製作会社等には無関係です。