オチらしいオチもない小話です。
電子の藻屑紙一重のぐだぐだ具合でも構わぬ!
というかたのみドウゾlllorzlll













[Ripple Rabbit]



「・・・・・」
ミネアにやってもらった両手の爪先は、綺麗な空色に艶やかに彩られ
ていて当然のことながら斑(むら)なんか無い。
折角だからと仕立てて貰った蒼色の和装の一重は、真面目に着付け
を覚えてあったから大丈夫。
“草履”は慣れないけど、“鼻緒”という足指を掛ける併せて揃えた布
地の部分だってちゃんと合わせて貰ったから不具合は無いし。
そのほか出掛ける準備は済んで、時間だってまだ慌てる時分じゃない。
・・・・・・・・なのになのに。
何で、一番重要だった点が問題なんだろうな。

「・・・。
駄々を捏ねていないで、機嫌を直してください。
そろそろチェリルたちが来るでしょう。
誘ったのは貴方なんですから、ちゃんとエスコートしてあげて下さいよ。
貴方の知己とはいえ他所様のお宅なんですから」
ふう、と音を立てた深い溜息が聴こえてちらと視線だけ投げると、鞄と
コートを片手に持ったクリスが立っていた。
歩み寄って来ると、空いているほうの手の指先が伸びて俺の手の吸い
止(さ)しの煙草を取り上げようとする。
「“自前”のものではないんですから、少し控えないと折角の新調の服
に染み付いてしまうのでは?」
平静に聴こえる響きに微かにまた苛立って、その手から手と顔を背け
て逃げてそっぽを向いた。
「・・・マスター」
もう一度、音を立てて溜息をつくと時計を確認したクリスは、荷物をソ
ファの端に置くと続けた。
「仕方ないでしょう。どうしても断れない急用が入ったんですから。
・・・・・私だって、残念ですよ。
余興で“古武道”の真剣の演武が見られるというから、是非直接見て
みたかったのに」
軽く肩を竦めて、途中から音程の変わった声と眼鏡越しの眼差しが宥
めるようにやや柔らかに向けられる。
「・・・・・解ってるよ」
クリスは、個人としてはあくまでもフリーの“ヴァンパイアが専門の対魔
屋”だが。
これまでのヴァンパイアハンターとしての経歴と信仰と・・“安全”上
からも、ヴァチカンからの緊急度の高い依頼は断り難い。
マリーの一件の顛末で長年の建前を一枚取っ払って、教会側に“嘘”
をついても俺を傍に置くことに決めた。
だから、これまで以上に気を遣わなければいけないことが増えている
ことはわかっている。
 けど。折角クリスも割と乗り気だったから暫く前から楽しみにしてい
たのに・・・。

 数年前から付き合いのある好事家の夫妻は気さくで好奇心旺盛で、
アジアのものも好きだということから興味を持った俺とは話が合い。
今回は、日本の“縁日”の“宵宮”風のイベントを邸宅の広い庭で催す
から是非連れ立って、と招待されていた。
最初は“お祭り”を模したものということで気乗りしなかったらしいクリ
スは、“神社”のそれは“祭礼”の一部であったり、余興で本物の日本
の剣を使う武術家が“奉納演武”のようなこともするのだと聞いて考え
直したようだ(この辺は俺はよく知らないので大体受け売りだ)。
ドレスコードが“和装”のため、夫妻に相談に乗って貰って所謂“着流
し”という格好に決めて誂えたし、クリスはわざわざ作るのは一回の遊
びに無駄だと拒否したが、借りられるからと揃いの格好で勧めた黒い
生地のものは俺が色々資料を見せていたためか見た目に余り抵抗が
無かったようで「シンプルですね」と案外あっさりと承諾された。
ここのところ多忙で、サイズだけ確認したそれはまだ試着もされていな
かったけど。
金の髪色が映えるかと思って、すっごく期待してたのに・・・。
吸殻の並ぶ灰皿に煙草を押し付け、溜息をついてソファに凭れて仰のく。
当日まで衣装は内緒ですよー♪と楽しそうにしていたチェリルもきっと
とても可愛いんだろうけど、俺は、どうしても、どうしても、絶対格好良い
だろうクリスが見たかったっていうのに・・・・・・。
「詰まらないな・・・」
ソファの背の後ろに立っていたクリスが、もう一度溜息をついて。
右手が俺の頭の横に軽く触れる。
「・・髪は揃いの布で何時も通り括っただけなんですね。
詫び代わりに結い直しますから、頭を起こしてくださいませんか」
「・・・?」
閉じていた目を開けてぱちくりして見上げると、硝子越しの瞳の表情も
顔つきも至極真面目だった。
「・・・ん、うん・・」
少し戸惑ったまま頭を起こして座りなおすと、後ろから髪に指が触れた。
ついと軽く引かれる感触がして、首後ろで結んであった布紐が解けて髪
が広がる。
クリスの人工の手は手首から肘までは見た目だけ気にならないよう外装
と表皮で覆われているが内部は結構機械然としている。けど、手首から
手先までは普段の動きにも支障が無いように筋繊維を模したもので形作
られていて、その上に手袋のような外装を常時着けている。
だから、素手の感触や生身の手の気配とは確かに違うが、余り異物感を
持ったことは無い。
両手が、左右の髪に指を通してさらと梳く。
正確で丁寧な仕草に、ふと少し前まで苛立つと度々掴んで引いていた手
の記憶を思い出してちょっとだけ笑いたい気分になった。
引っ掛けることもなくそれを数度繰り返してから、左右に落とす分を残
して左手が真後ろ高めの位置で纏め、右手が手早く括って両手で結ぶ。
もう終わったのか、と器用さと要領の良さに感心しながら少し名残を惜
しんでいると、クリスはまだ手を放さず。ポケットを探るような気配で
何かを取り出すと、もう一重に結んで位置を確かめる。
「こんなもの、でしょうか。
髪を結う機会など無いので、不慣れは重ねてお詫びしますが」
淡々と響いた声とは裏腹に、片手が軽く出来を確かめるように、結われ
た穂先をふわと揺らして離れてゆく。
「・・・え?
あ、飾紐、付けてくれたのか」
頭を動かすと青い組紐と、その先の房の手前に付けられた白い飾玉がち
らと視界の端に映る。興味を引かれて手を伸ばそうとすると、
「引っ張ったら出掛ける前に解けてしまいます。
・・・・・それから、それはお守り代わりなので失くさないように。
多少怪我しても大丈夫だからといって、慣れない格好ではしゃいで転ば
ないでくださいよ」
平静な音程が言い切って、腕がソファに置いてあった荷物を取り上げる。
「では。
行って参ります」
「・・・・・・。
ああ。
えと、気をつけて・・」
立ち去る背が視界から消え、玄関の開閉する音と気配が遠ざかって行く
のをまだ少々ぽかんとしたまま認識して。
「いって・・らっしゃい」
一人になったリビングで呟いた。


***


 「何だ、珍しい結い方してあるな」
渋赤の着流しに黒羽織、という格好のレイフェルが、散々「どうだ可愛
かろう!」と全力でチェリル自慢をした後、ふと俺の髪に目を留めた。
当人は何時もの俺のように後ろで適当に括っている。
「あ、本当だ。
格好に揃えたんですか?」
赤と白の配色も鮮やかな“巫女装束”を着たチェリルが俺を見上げたが、
高さが足りないのでレイフェルに頼んで抱き上げて貰って紐の先を手に
取った。
「・・これは、金属かな?
何か模様が彫ってありますね」
何ですか?と尋かれたので、まだよく見ていない経緯を説明すると、手
提げから携帯ツールを取り出して写真を撮って見せてくれた。
「悪いな、チェリーの奴
迂闊に触るなって言うから・・」
「いえいえ・・・えーと。
これは、兎、ですよね」
「こっちの模様は何だ?」
二人が首を傾げる。
そこへ、主催者である夫妻の夫君のほうがやってきた。
「やあ、いらっしゃい。
・・・ごきょうだいかな?」
俺によく似たレイフェルを眺めて感心し、チェリルのほうにもにこにこと
模擬露店のお勧めを口にしてから、ふと携帯の画面の画像に気が付い
て覗き込む。
「・・おや、綺麗な“つき”だね」
「・・・・“つき”?」
チェリルが発音を鸚鵡返しに呟くと、
「ああ。“Moon”だよ。“つき”。
この取り合わせは“波”と“兎”。
そして、“月”を“暗示”している意匠なんだそうだよ。
それから、もうひとつの」
わかるかい?と今度はこちらに向けて問われた。
解らなかったら後で教えてあげるよ、と去っていったので少々考えてみ
る。
多分・・“言葉遊び”、つまり・・・うーん・・。
ええと、当て嵌まる音を何処かで・・・・・
「あ。
・・・・・だから、“失くしちゃいけないお守り”、か・・」
解ったならとっとと説明しろ、とレイフェルが耳を引っ張るので振り解
いてからチェリルに向かって口を開く。
「“Moon”は“月”で、“ツキ”は同じ音で“Lucky”なんだ」
「あー、成程!
ラッキーチャームだったんですか♪」
可愛いプレゼントですね、と素直に感心しているチェリルの横で、レイ
フェルがうぇえ?と呆れた顔になる。
「・・あいつ、悪ぃモンでも食ったのか?
それとも、ズボラなお前がそれを落っことすコトまで見込んでのことか」
・・・・・・・。
全力で否定したいけど、落とさないという自信が・・・。
「チェリルぅう!
どうしたら落とさないで済むと思う?!」
「お・ま・え・はチェリルに頼るな!
手前(てめ)ェでどうにかしろッ!」
「そうですねぇ・・
やっぱりペンダントとかのほうが?」
「あーん、こっちをスルーしないでチェリルぅ〜」


***


 結局、無事に帰宅してから落とすのが本当に怖くなってしまって、
解いた飾紐を握って悩んで、試しにミネアにも尋ねてみると。
「・・・レイフロ様。
つまり、“落とさなければ良い”のですから」
こちらに預けておいては?と指し示されたのは・・・・。
棚の端に座っている、いつかの土産の“パンダ”のぬいぐるみ。
クリスが蝙蝠になった俺と一緒に棺に押し込んで持ち帰って来たのだ。
「・・・そのテもあったな!」


 そして。
翌日帰宅したクリスが俺の部屋を覗いて、パンダのぬいぐるみの首に
“ループタイ”のように飾られている紐を見つけて「?」と疑問符を浮
かべていたのはまあ当然のことで。
「・・・気に入りませんでしたか?」
と尋ねられて慌てて否定して理由を話すと、長々とひとつ溜息をつかれ
た。
「・・・・考え過ぎです。
私が即席で作っただけの飾り物に、そんなまともな護符のような効果が
あるわけが無いでしょうに」
「・・・・・・・。
え? 自作?」
きょとんとしてからみるみるうちに顔を輝かす俺の変化を目の当たりに
したのだろうクリスが慌てて、しまった、と失言(?)を悟ったのは時既
に遅く。
喜色満面で懐こうとした俺がついでにと勢いで、着損ねたあれを着て見
せてほしい!としつこくしすぎて終いに怒られ。
それでも、本気で見たがっていたことを知っているクリスがそのまま無
かったことにはしなかったのは・・・・また、別の話である。




茶話の余波、おまけ。


図書館で借りた「帯留U」という写真本を見て精緻な装飾の数々に見入
っていたら、“波兎”は月を暗示する意匠なんだとか。

それと、日本独特の合金だというものが載っていたけど、銀含有品や銅
系で調べたら扱いも面倒そうなため断念。
“髪飾”か“髪留”をどうにかしたいと思ったものの詰まる。

そして暫くウロウロと取捨選択した挙句。
「“波兎”=“月”→二重の意味で護符?」
に加えて、茶話で出た
「レイフロの髪型バリエ?」
「髪に触るの好き?」
「レイフロはチャーリーの手が好き?」
に、チャーリーの推測設定と和装飾に合わせた和服突っ込んでごった煮。
時期は二章より後で四章前までの何時か?くらいの感じ。

二章で某手帳の模造品作ってたチャーリーならある程度の加工いけるだ
ろう、と自作。金属は支障の無いテキトーな何かの金属球を使ったとい
うことで。
因みにチャーリー本人は、「宥め用即席アイテム+はしゃぎすぎないよう
釘を刺す+何時もと違って指輪や首飾等の装飾品が無いので髪に」ぐら
いまでしか考えてませんでした(笑)。
意味は偶然知ってたか資料あたったということで。

無理し過ぎて色々ヒドいので電子の藻屑にしようかと思ったけど、一応
半分埋めておきます・・・・・lllorzlll


20110918:



+蛇足

覚書メモして放置になってたので今頃。
手動で塗るネタを幾つか見掛けてミネアに塗って貰う図が悪くないかな〜と思って↑のようにしてあった
んだけど。
実際には、レイフロは“自分の爪”に関しては着替え&装飾品と同じ延長上で出来ると思うんだけど(デ
ィルーポの塗りは顔だから×だったけど、手指の先なら自分でよく見られるし慣れれば大丈夫だろう)、
Actのアレは手動でムリなので思いついたら即実行的に持ってっちゃったんだろーな的。
でさすがに懲りたのでその後はミネアが手入れ&練習ついでに遊んでる感じとか。

あと漣兎には関係ないけど。
白兎の“おんぶ”の元イメージが別役実さんの「おさかなの手紙」という短編集収録のとある話のガイド
猿だとか。
硝子鳩の鳥モチーフとか硝子球が割れるイメージは雑誌で読んでうろおぼしてた「十●国記」の丕●の
からもなんだけど、単行本で読み直したらこっちも土鳩ネタだったのか?だったりしました(別の元ネタ
あるのかもだけど。日本神話の鳥と餅のくらいしか知らなくて;)。

20140504:


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