ある意味、“食事”場面を書いてみよう というだけの話でス |
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パチパチと、火の粉がはぜる音がしている。 大きな暖炉の中で燃える本物の薪の炎と、マントルピースの上に載ってい る瀟洒なランタン型の照明器具の暖色系の光だけの明かりで照らされた部 屋は時折光量が揺らぐ。 丸一日以上篭っていた寒い地下の書庫から引き揚げて来てマスターの姿を 探したら、この部屋の暖炉の前の敷物に寝そべって、一階の普通の図書室 から持ち出したらしい・・といってもどれも見るからに稀覯(きこう)書だろう手 製本らしいものを何冊か積み上げて眺めていた。 それほど広くはないが一室としては十分な印象の部屋は、隅に佇んでいる 黒っぽい木材の木馬が子供用の部屋だったらしい雰囲気がある。揃いの材 質で作られた家具が並び、片側の中央には動物や植物のモチーフで飾られ た天蓋付きの寝台が置かれていた。その向こう側には、本来此処には無い ものである棺が覆いを解け掛けたまま漆黒の色の端を覗かせている。 暖炉前にやや離して置かれている一人掛けの大きなソファに座って、丁寧 に頁を捲っている姿を眺めて尋ねた。 「・・・炎の色が映って、元の色彩が判り難くないですか?」 古風な装飾文字で描かれて彩色を施された章頭の文字や縁取り、丁度開い ている頁には片側に挿絵もあった。 彼の場合は陽光で眺めるというわけにはいかないから人工の照明を使わな いとならないが、あの照明器具は色合いを調節出来た筈だ。 それとも、其処で見たいのであれば部屋の照明を点けるべきだろうか。 立ち上がろうとすると片手を軽く上げて制される。 「いいんだよ、これで。 俺は“資料”で見てるんじゃないんだから、気分!が大事なの。 ・・それに、ココは所謂“特等席”ってやつだからな」 ふふん、と軽く笑って、下ろした片手で敷物を撫でる。 古いものではないようなので本物ではなさそうだが、毛足の短い柔らかそ うな毛皮を繋ぎ合わせたような感じのものだ。 「・・・・成程」 まあ、人間ではない彼は“目を悪くする”心配も無い。 折角落ち着いて楽しそうにしているのだから、好きなようにさせておこう。 雪深い山間の土地の古い屋敷を訪れたのは、“仕事”の報酬の余禄の為 だった。 資料として目を通してみたかったものがとある旧家の門外不出の品でツテ でも無ければ頼むことも難しく、しかも過去に何かあったらしく教会関係 者を毛嫌いしているという話で当分無理だろうと諦めていたところに。 何の因果か、当主の孫だという女性が吸血鬼絡みのトラブルに遭い(実際 にはその原因ではなかったのだが)、それを知人が教会側に持ち込んだこと から丁度私に依頼が回ってきて幸い無事に解決出来た。 その際に報酬以外に希望があるかと尋ねられたので駄目元で頼んでみたと ころ、元々一族が夏の時期に住んでいた旧邸にあるから道の雪が完全に消 えた頃に行けばいいと言われたのだが春と夏の短いその辺りではそれまで まだ随分あるという。折角だから早く拝見したいとお願いすると承知して くれた。 時折使われることもあるそうで定期的に手入れはされていて、数日滞在す る程度なら困ることは無さそうだった。 近くの村に住んでいるという管理人を尋ねると、案内して必要な場所の鍵 を開けてくれたので後は資料を閲覧して必要な情報を纏めるだけだ。 マスターは“仕事”の件で少々苦労する羽目に陥ったため、「俺は十分休 むまで手伝わないからなっ」と宣言して気儘に屋敷の中や周辺を見て回っ たり、普通の図書室のほうで面白いものがないかと物色を始めた。 屋敷の中は寒いので、更に底冷えがする地下書庫に降りる私は電気式の 暖房器具を持ち込んでいたが。マスターはあちこち移動している間は余り 寒さを気にしないのか、ふかふかの毛皮状の縁と裏打ちのついたアノラック を羽織り、揃いのブーツを履いて手袋まで嵌めて様子見の冷やかしに来た りと気楽なものだ。 余り仕切りの無かった中世の感覚の名残なのか、それとも単なる好みか、 元の邸宅から移って私の住んでいる集合住宅で同居を始めたばかりの頃 に“広い家に住みたい”とゴネたように、当然のように広めのゲストルーム を選ぶかと思った彼は、“客用の子供部屋”を自分の滞在用に選んだ。 私は資料のほうに気を取られていたのと案内人の前で余り普段の調子で会 話するわけにもいかず、気紛れか内装が理由だろうかとちらと思った程度 だったのだが、まあつまり室内が暖まり易いだろう適度な広さと暖炉の前 のこの場所が気に入ったんだな。 今は寒くないので外衣を着込むのはやめたらしく、柔らかそうな布地のパーカ だけを上衣にしている。ごく淡いクリーム色の地に炎が照り映えて白のように も見えた。 ・・・・・何となく、暫く前に少々八つ当たりのような気分で、“白い服”を着るな と彼に言ってしまったことを思い出す。 普段余り単体で白に近い色の上着は選ばないから、滅多に白一色の服なん て着ないのに。 ひとの気も知らないで、と文句を言いたい気持ちも本当だったけれど。 あれは、多分わざとではなかっただろうに。 反応を確かめずに部屋を出たし、後で機嫌を損ねた彼にそっぽも向かれた が。・・今頃、後悔する。 今はもう、以前のように無闇に傷付けたいという感情は大分治まっている というのに。 貴方は、此処に居るというのに。 どうして時折、酷く不安定な気分に陥るのだろう。 逆に・・・そんなつもりではないことで口にしたことでも、時折、貴方は 私の言葉に目を伏せる。 ふと。 あの、白いシャツ一枚の後姿と。 “聖餐”の言葉を告げる声の記憶と。 今ならもう、背も追いついて、腕も伸びて。 貴方をきっと探し出して引き止めることが出来るのに、と思った。 ありえない仮定の、行き場など無い気持ちが蘇る。 素直に、あの時の気持ちを話して謝ってみようか。 ぼんやり炎を眺めて取り留めない思考の端で考え、この雰囲気なら落ち着 いて話が出来ないだろうかと思う。 でも。いざ口に出そうと思うと。 「・・・・マスター。 ・・」 呼び掛けたきり、何をどう言ったらいいのかわからなくなってしまう。 「・・どした、チェリー。 腹でも減ったのか?」 沈黙して考え事をしている風だったことと雰囲気で何か言いたいのだという ことは察しているのか。本から顔を上げて、やんわりとからかい気味に尋 ねられる。 「・・・あの」 口篭って視線を彷徨わせた私に小さく苦笑したマスターは、立ち上がると 本を抱えて暖炉から離れた棚に運んでから傍に寄って来た。 「何だよ。・・“食事”なら遠慮しなくてもいいぞ? 読書の邪魔をするのが気が引ける、とか、そんな殊勝なこと言わないだろ う?」 おまえが作業している間に結構読んだから、今度はそっちを優先してやる、 と、正面から肘掛部分に両手を置いて少し屈む。 やや強引に誘いを掛ける時のように膝を寄せて乗り上げたりはしないが、 覗き込む表情と姿勢で前側が開いているパーカの胸元と首筋に視線が釣ら れてしまうのは承知の上だろう。 ・・・・・。 白く見える服に、幼い記憶に刻み込まれた底無しの空虚感が蘇る。 思わず伸ばした指先で、手前の布地に触れた。 温度の低い薄くきっちりとさらりとした布地のシャツとは違う、暖炉の熱を 受けた名残でほわりと暖かい柔らかな厚みのある感触。 その内側に包まれているものが確かに此処に在ることを確かめたくて、胸 の中央、心臓の位置に掌を滑らせると擽ったそうに微かに笑う。 今、本当に欲しいものは多分、彼の声と、温度と感触で。 でも、まだそれ程では無い筈の空腹感が増すのを覚える。 抱(いだ)き続けた愛を憎悪に、向けられた心を裏切りに。 札(カード)を返してそのままにしてしまっていた私の業は、生半(なまなか) なことではどうにもなりはしない。 左寄りに感じる鼓動に触れていた右手を離して、鎖骨を辿って首筋に触れ る。 此処の“位置”はもう覚えている。 余程切羽詰まっていない限り狙いを外すようなことは早々無いけれど。 首を掌で包むようにして親指で確かめていると、少し困惑したような表情 で目元が仄かに染まって躊躇いがちに口が開かれる。 「・・注射針じゃないんだから、刺す前に擦ってもあんま変わらない、と 思うゾ」 どういうつもりで丹念に触れているのかわからないから茶化してみたのだ ろう。あやふやな声音と見詰める眼差しを感じる。 けれど。 私は、貴方が“聖餐”の台詞を告げてみたように。 “食前の祈り”を、“糧”への感謝を。 それが貴方であってくれることを。 天上の主ではなく、血の主の貴方に向けて告げることを。 口にすることは出来ないから。 遠回しな問い掛けに返事はしないまま。 襟元を引いて肩口を露にして。 引寄せ直すと、何時ものように首筋に牙を立てた。 暇潰しのように投げ掛けられる戯言(ざれごと)に時折返しながら“食事” をする。応対の調子と丁寧に触れている仕草が気になるのか。 「・・・なんだ。 妙に優しいな。 なんか、悪いモンでも食ったのか?」 からかっているというよりは、沈んでいるような気配がするのに少し心配 して尋ねているのだろう優しい冗談のような口調で、軽く手が髪に触れて。 「・・・・・。 私が“拾い喰い”などしないのは、貴方が一番よくご存知でしょう? ・・なら、これ、のせいかもしれませんが」 穿たれた傷から零れる血を啜り、飲み込んでから言葉を返すと。 「・・・・・・・。 ・・ま、そう、かもな」 翳った瞳を笑ってみせた表情が隠したのに気付いて、何時もの応酬のよう に何気なく口にしてしまった言葉をまた後悔する。 「・・・。 冗談、ですから」 そんなカオをしないでください、と言う代わりに、片頬に指先で触れて覗き 込むと戸惑ったように瞳が揺れる。 そんなに無防備にしていないでほしい。 そのまま顔を横に向けさせて、流れ落ち掛けていた首筋の血を舐め取って、 咬痕を舌で拭い傷口の内をなぞると、微かに背が震える。 「ん・・・っ」 「・・私にも、気紛れというものぐらいあるんですよ」 髪を掻き分けて薄い耳朶を咬むと、びくりと肩が跳ねた。 「・・・こ、らっ そこは、止めろ・・・・って まだろくに喰ってないくせに・・・遊ぶのは早いぞ」 殆ど血が採りにくい位置だから、“食べる”用なら他を咬んでからのことが 多いのだが、以前は時折“嫌がらせ”でも牙を立てていたことがある。 この耳は何を聴いているのか。 私の言葉は貴方の内まで届くものなのかと。 訊ねる代わりに。 「・・・・ちゃんと戴きますよ、気が済むまでは。 でも、今、此処が咬みたいんです」 今も本当は、尋ねたい。 貴方に訊きたいことがある。 けれど・・・。 「・・・・・・・ ・・・“Pink Moon”か? チェリー君たら。 暦は兎も角、此処の外は雪だらけだっていうのに・・」 もしかして、これが“狂い咲き”というものか・・・とわざとらしく真剣な調子で 呟かれた。 “Pink Moon”というのは所謂季節の月の別名のひとつで、4月のことだ。 北部の早咲きの花の色に因んだという名称ではあるが、それとは別に色と りどりの花々の咲く“Flower Moon”は4〜6月辺りを指している。 Pinkという言葉には“精華”や“最高の状態”という意味があり、春を迎えて 植物が一斉に萌え出でて若葉が緑なす意味も含まれているのだろうと思う。 そして、動物にとっては・・・ 「・・・違います」 かじ、と先程の咬痕の上に重ねて牙を立てる。 「いっ・・・・・ もぉぉ 何だよ!? 俺の耳は“犬ガム”じゃないんだぞ・・ッ」 抗議の声を無視して、零れた赤い滴を舐め取る。 「・・・・・だから、“食事”ですよ。 どうせなら“Hunter's Moon”と言ってください」 ふ、と軽く呆れたような溜息が聞こえて。 「・・“Blood Moon”は秋だろうが。 全く・・・」 チェリーのばか、と呟く声に。 ばかって言うほうが馬鹿なんです、と言い返して。 もう一度、今度は違う場所に。 言葉の代わりに。 幾度繰り返しても決して残ることはない、その傷を。 |
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1・二章冒頭のあれ。 2・一章末のとか5巻限定版表紙のとか可愛いので何かでパーカ着せたい 3・“食事”の場面を回避がちなので真っ向から書いてみる(自己課題) 4・月の名前 ・・・などで出来ております。 2と3を混ぜればいい、と言われなければ、5巻限定表紙のパーカが“白っ ぽい”ことを何故強調でメモってあったのかをうっかりド忘れしたまま延々 保留になるところだったかもlllorzlll(記憶力・・) Thanks! 暖炉前のレイフロの上着は5巻限定版表紙っぽい感じ。 parka: アノラック・ヤッケ等、フード付きの防寒・防風用の上着の総称。 パーカが正式だがパーカーとも呼ばれる。 首の根元にフード・腹にポケットのついたスウェットシャツ(フーディー) を特に指す。 元々はアリューシャン・イヌイットの用いる毛皮製の防寒具“パルカ”の こと。 anorak: 防風・防雨・防寒用のフード服のこと。 パーカとは大体似たようなものを指す。 元々はグリーンランド・イヌイットの用いていた皮で作られ毛皮の裏打ち を施されたゆったりした外衣のこと。 月名についてはココ↓ http://www12.plala.or.jp/m-light/Derivation.htm とジオグラコラムの由来解説↓ http://www.nationalgeographic.co.jp/science/space/solar-system/ full-moon-article.html を参照・w・♪ 時期はコレを元に、二章より一寸後で3月頃の目測のつもり。 (二章はサクラメント外のどっかなのよね?多分。 で、4〜5月辺りに四章・5月以降が五章なつもりでおおまかに・・) 5巻付属CDネタは二章と同時に(以前の設定で連想が)振れなかったの で、あえて“これよりも後”ということで(寒そうなんだけどまあ夜だし冷え る場所は冷えるよね)。 20111207: |
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