ひたすらぐだぐだな小話 としかいいようのない有様のもの。 一部やや暗いです。 |
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月が出ている。 大概の人間の視力ではかろうじて朧気に見えるような。 消え行くか細い光弧。 諸事情で、現地で急遽探し当てた宿は少々古びた石と木造りの雰囲気あ る建物で印象は悪くなかったが。部屋数が多くなく、シングルが埋まって いてツインは無くダブルの部屋を選ぶしか無かった。 もう夕方から完全に夜になる時刻、取り合えず落ち着いておきたいのに他 を当たるのもなんだが。 どれ程掛かるのかわからない時点で少々値が上がるだろうダブルを二部屋 取るべきか思案している私を他所に、マスターは応対してくれていた宿の 管理人らしい快活そうな若い女性に愛想良く話し掛けて、とりあえず空い ている部屋を見せてくれないかなと話を持っていっていたようだ。 「おーい、チェリー! とりあえず此処にするんだろう? 置いてっちゃうぞ〜?」 彼女の案内で玄関脇の階段を上って行きかけていた姿が、手摺に掴まって 身を乗り出し無邪気な様子で手を振って見下ろしている。 「・・・チャーリーです! すみません、案内お願いします」 母語が英語ではない土地だからまだマシなものの、その呼び方は本当に止 めていただきたい・・・・現状改善は期待出来そうにも無いが。 幸い、宿の女性は気に留めなかったようで、にこにこと笑って階上で待っ ていてくれた。 ご旅行ですか?というようなお決まりの遣り取りをしている二人の後につ いていくと、三階の角部屋に案内された。 「いかがでしょう。 少し広めで、小さいですが露台がありますよ。 エキストラベッドは簡易のもので宜しければご用意出来ます」 「・・お〜・・」 マスターが興味深そうに、部屋のあちこちに視線を投げる。 白地に淡緑の縦縞の壁紙に黒っぽい腰板が低く張り巡らされた内装、板張 りの天井は白く、腰板と同色の床は板張りの上に絨毯ではなく灰緑色の織 物状の敷物。橙色の硝子の傘のある上部のメインと、壁に幾つか付けられ た小さな照明は揃いだが少しデザインの違うランプのような形のもの。 入口付近の通路状に狭くなっている壁の左右にある、クローゼットとバス ルームだという扉は白。 目立つ装飾は一切無いが年代経過していそうな木造の木肌の大き目の寝台 に落ち着いた薄茶の色合いの織物の上掛けが掛けられ、ベッド脇にはスタ ンドが置かれた引き出し式の小棚。部屋の片側には小さな丸テーブルと丸 椅子が二脚、更にカウチソファが置かれている。それでもまだ床の上には余 白が十分にあった。 カウチの端から少し間を置いた壁にある白枠の大きな窓に歩み寄った彼女 が扉を開き、どうぞ、と促してくれたので、小さなバルコニーに出て辺り の様子を眺めたマスターはこの部屋が気に入ったようだ。 「いいじゃんっ♪ イイだろ?チェリー、こんくらい広ければコレで。 ・・っと、ってところで質問、というか相談なんだけど・・・」 頭の位置を下げて少々真面目な面持ちでひそひそと、小柄な彼女の耳元に 何事か話し掛ける。同じく真面目な風に聞いていた彼女の顔が一度驚いた ように少し目を瞠(みは)ったが、直ぐに落ち着いた表情に戻り頷いた。 「宜しいですよ。 二日以上いらっしゃる場合は定期的にお掃除に入らせていただいて、お部 屋に問題さえ起きなければ、どうぞ」 「おー、Thanks♪ 話が分かるね!」 機嫌良く振り向いたマスターがこちらを促す。 「よし、チェリー! ココで決定だ! 細かいことは後、宜しくな」 ぽん、と私の肩を叩いてドアのほうへ向かう。 「ちょっ、マスター? どちらへ・・」 「一寸近くを見て回ってくるだけだから、心配無いゾ〜」 「・・・そーじゃな・・・ はあ・・・」 溜息をついて見送ると、くすくすと彼女が笑っている。 「面白いかたですね。 ・・あ、“棺”はどちらからお持ちですか? 三階まで大変であれば、知り合いを呼んで手伝わせますが・・・」 ・・・・。 手入れの行き届いた個人経営の宿だから、話を通して棺を堂々と持ち込む つもりか。おそらく、趣味の習慣だとでも言ったのだろう。 流石というべきか、その気にさえなればこういうところはそつがない。 「・・・あの通りの性格なので、妙な事をお願いして申し訳無いです。 そちらは後で私が持って来ますので。 一人で大丈夫ですから、お気遣い無く」 では、宿帳をお願いします、という彼女から受け取った紙面に署名と食事 の手配の有無などのチェックをしながら。 早速遊びに出掛けてしまったマスターが何かやらかさなければいいのだが ・・・と内心溜息をついた。 *** 一旦調査を切り上げて帰ったのは、もう夜も大分更けた時刻だった。 宿の裏手の小さな庭にサクラを入れて好きなところで大人しくしているよ う指示してから正面に戻る。 この宿の欠点は今のところ、残念ながらペット不可だということくらいだ な。サクラは本物の犬ではないが生活に必須な盲導犬や介助犬ではないし、 犬に見えるものを客が連れて出入りしているのは支障があるだろうという ことで、ロボットの犬だということを確認した上で庭に置かせて貰うことにな った。 管理人の彼女によれば風変わりな旅行者は案外珍しくもないのだというこ とだったが、不規則な時間に出入りする件についてもあらかじめ尋ねてみ たところ正面が閉まっている間に客が出入りする用なのだという横口を教 えられた。防犯用の識別カメラがついているので、確認用に顔が見えるよ うにして手を振ってから中に入る。 夜更かしする客は他には滞在していないのか、玄関奥の受付や廊下に淡め の明かりが点々と灯っている以外はどの階も静かな様子だった。 三階の角部屋に近付くと、記憶している匂いと酒の香りがこの建物の匂い に混じって仄かに漂っている。出掛けてはいないようだ。 明かりは一切点いていず、部屋の中のものが廊下から差し込む黄色っぽ い穏やかな光にややぼんやりと浮かび上がる。まあ、暗視順応の遅い私な ら兎も角、彼の眼ならこの程度は特に支障が無いだろうが。 「・・・只今戻りました、マスター」 扉を閉じてから控えめに声を掛けたが、部屋の中には人影は見えず。 外からの光源でやや明るい、開け放された窓扉の向こう。 石造りの露台の石床に、直接座り込んでいる姿が見えた。 左右に寄せたただけの留められていない厚手の白いカーテンと重なった紗 幕が、外からの風でふと揺らぐ。 部屋を横切って近付くと、手摺に背を凭せ掛けてぼんやりと空を眺めるよ うな視線で、立てた片膝の上に乗せた腕先から紫煙を棚引かせている。 私の耳に、挨拶に応じたものでも他の想定出来るものとも少々違うような 言葉が聴こえた。 「・・・・・ マスター?」 “carry-on”と、聴こえたような気がしたのだが。 仕事柄耳覚えている“航空手荷物”を真っ先に思い出す。 ・・・・・もしかして、放ったらかしていたのを拗ねているのだろうか。 窓辺に立って、近所迷惑にならないよう低めた声を掛ける。 「嬉々として遊びに出られていたのに、三日目でもう飽きる程回ったんで すか? ・・“連れて行け”と仰られても、貴方は昼間は無理なんですから」 二日程度で近場であればそうでも無いが、遠方に泊り掛けで行く場合は大 概“食糧”と“回復”、そして時折の助力を併せた“保険”、も兼ねてこ のひとも連れて行くのが、不本意・・だが結局恒例のようになってしまっ ている。 まあ、自宅に置き去りにしたところで何かやらかさない保証も全くないの で、天秤に掛ければ多少なりともメリットのほうもありえるこちらを選ば ざるを得ないのは仕方ないのだが(何事も無くても、本気で駄々を捏ねら れる+拗ねられるをセット発動されると後が大変なのだ)。 「・・・」 マスターは少し頭を傾けてこちらに視線を向け、曖昧だった表情が、ん? とやや不思議そうな面持ちに変わり。 それから、ああ、と納得したように呟いて、ふっと笑った。 「・・・・・違う。 今のは“歌”だぞ」 おかえり、チェリー。と優しい響きが静かに告げる。 「・・お疲れですか? 調子に乗ってはしゃぎ過ぎたんじゃないですか」 別に彼が何時何時でも賑やかなわけでは無いのだが。 何となく。元気が無いような気がする。 気のせい、か? 「・・・いーや? “お疲れ”はそっちじゃないのか?」 帰って来たばっかじゃないか、とくすりと笑うと彼は立ち上がり場所を開 けた私の横を通って部屋に入る。短くなっていた煙草を灰皿に押し付ける とカウチの上に仰向けに転がって、小卓に載っていたグラスを手に取り、 ゆらと薄い明かりに透かした。 色の無い硝子越しにゆっくりと波を描くものは、やや暗い赤い色彩。 卓上には細長い酒瓶と小型の紙パックが並んでいる。 ゆらゆらと波が揺れて辺りに広がる、様々なものが入り混じって醸し出さ れている仄甘い匂い。それに混ざっている水気のある別のもの。 「“ガリバルディ”ですか」 瓶の中に見える明るい赤とラベル、紙パックには果実の絵柄。 カンパリとオレンジジュースを混ぜて作るカンパリ・オレンジの別名は、 オレンジの産地であるイタリアで有名な人物の率いた隊の纏っていた色彩 に因んでその名で呼ばれている。 甘い匂いだが口にするとほろ苦い酒をオレンジで割るこれは基本的には軽 い酒だ。配分を変えていたら多少は濃くなるかもしれないが、このひとは それほど酒に弱くは無い。 「うん。 飲むか? ・・まだソレ中身あるぞ」 紙パックをグラスを持った手で指して言うのに、聞き込みの都合で少し飲 んだから、と断って改めて様子を窺うが。矢張り、何か物思いに耽ってい るような雰囲気は変わらない。 ・・・しかし。こういう状態のこのひとから話を聞き出すのは難しい。 ふ、と溜息をついて切り上げた。 「朝早めに出掛けるつもりですので、シャワーを浴びたら休ませていただ きます」 おとなしくしててくださいよ、と釘を刺すと。 「んー」 と気のない返事が返り、傾けられていたグラスの中の色と近くの輪郭が目 に入って。 ・・・・・。 先程は二つの匂いに気を取られて連想が行かなかっただけか。 踵を返してクローゼットから着替えを取り出し、バスルームの扉を閉めた。 明朝の準備が問題ないことを確認し、さて寝ようかと思い就寝の挨拶を 告げると。酒に飽きたのか、何か思い付いたようにマスターが立ち上がっ て近寄ってくる。 「・・なんです? 睡眠の邪魔をしないでくださいよ」 悪戯を警戒して少し構えると、んんー?と曖昧な返事が返って彼は枕に近 い側の端にぽすっと腰を下ろした。 「邪魔なんてしないぞー 良い子のクリス君にぃ〜、パパが子守唄を歌ってやる♪」 後ろに両手をついて顔だけ振り向くと、楽しそうな表情と囁くように響く 声音で、come comeと片方の掌が寝台の上をぽふぽふ叩く。 ・・・・・・。遊ばれる危機感が全く拭えないのだが・・・。 少々躊躇ったものの、先程の沈んだような様子が気になっていたので仕方 無く様子を見るつもりで従ってみることにする。 掛布と敷布の間に潜り込んで、枕の上から彼を窺う。 それを確認して満足そうに少し嬉しそうな笑みを浮かべたマスターは、顔 の向きを戻すと少しだけ間を置いて。 時折思い出すように途切れながらもゆっくりと。 ラの音だけで、低く静かに歌われるメロディ。 向こうをむいているから、私からは背と後頭部しか見えなくて表情は分か らない。 どことなく哀愁を帯びているような曲調。 空気を震わせる音の波。 「・・・・・ふう。 ラだけで歌うのって結構大変だな」 ・・・“to carry on”という部分だけは言葉で歌っていたようなのだが。 私が帰って来た時に耳にしたのはこの部分だったんだな。 「一部だけ言葉でしたが、そういう歌なのですか?」 「いや、ココだけ“英語”だからな。 ほかは全部日本語の歌で・・覚えてないんだ」 それで少々心もとない歌い方だったのだろうか。 どういう歌なのか題名や意味は覚えているのかと尋ねてみると、 「んー・・そうだな。月の光の下で眠れ、みたいな感じだったかなぁ。 タイトルは・・・忘れた」 と。 ・・私ではそれで異国の歌を調べるのは無理だろうな。 少々興味を引かれたが、残念だ。 「・・・静かな感じの歌で悪くないですね。 原曲を聴いてみたいので、題名を思い出したら教えてください」 ではお休みなさい、と就寝体勢に入ろうと逆を向いて掛布を引き上げる。 「あっ、俺の歌じゃ不満だって言うのかーっ」 「それは当然でしょう。 お静かに、マスター。夜遅いんですから近所迷惑ですよ」 夜型のこのひとに付き合っていると何時寝られるかわかったものではない。 スルーすると余計煩くなる可能性があるので適当にあしらっていると。 むーと不服そうに唸ったマスターが向きを変える気配がして、ぼすっ!と 勢い良く掛布の上に身を投げ掛けられた。 「チェリーのいけず・・。 そういうこと言う奴は別の意味のほうで歌ってやるっ」 「ぐ! いきなりプレス掛けないで下さいッ・・ ・・・別・・?」 耳元で囁かれた言葉に疑問符が生じるが。 「・・・知らないか? ま、“チェリー”だしな」 ・・・・。 つまりそういう方向の言葉か。 急いで記憶の中を探す。 「・・・・・・・・ ・・・・・・・あ」 ・・・しまった。 進行形のほうが一般的だが、“carry-on”には“戯れる”“情事”等の意 味がある。 慌てて乗られている掛布ごとマスターの身体を押し退けながら、 「・・っていうか、最初(ハナ)ッからその振りに持っていくつもりだった んじゃないでしょうね・・っ」 声を潜めつつも出来る限り語調を強めると、 「ふふーん♪ 意地悪なこと言うからだ。 ・・・だぁって、おまえ。 先刻(さっき)アレから、目を逸らしただろう?」 窓のほうを向いた指先が示したものは、グラスの底にまだ残っていた赤い 酒。 「あの酒よりも、血の色の果実よりも。 ・・・俺のほうが美味い、よな」 引き離されないように掛布ごとしがみついていたマスターが、ふ、と甘い 酒の残り香を漂わせるように息を吐く。 「・・・・」 「なぁ、・・・クリス?」 彼が混ぜていた紙パックの外装には“Sanguinello(サングイネッロ)”の 表記と赤い果肉のオレンジの絵があった。 “血”を意味するsangue(サングエ)を冠するその名は、ブラッドオレンジ のうちでも現在最も濃い赤色を呈する品種に付けられている。 甘くてほろ苦い、成分を秘された酒。血の色の果実の香り。 彼の血液に溶け込んだそれが交じり合って、開け放したままの窓から流れ 込む夜気に散らされて薄れていく。 マスターは引き剥がそうとするのを止めた私を眺めると自分の指先を牙の 先端で傷付け、浮かんだ深紅の滴を、ほら、とこちらの口元に寄せた。 疲労が溜まっている、という程では無いし、単純に空腹であればまだ耐え ることが出来る筈なのだが。 一週間程口にしていないそれに、くら、と意識の何処かが揺らぐ。 「・・・・。 どうしても、就寝の邪魔をしたいんですね?」 「相変わらず、素直じゃないな〜。 ・・早起きするなら、“メシ”食っておいたほうがいいんじゃないか?」 無理するとお仕事に差支えがあるぞ?と、ホラホラと気軽いように促され るが。 「・・・・。 今日素直じゃないのは、どちらでしょうね」 その手を掴んで指先の一滴(ひとしずく)を舐め取ると、そのまま腕を取っ て引いた。 「・・ぉ?」 寝台の上の彼を見下ろす。 こちらを見上げて、曖昧な笑みを浮かべてみせる表情を。 「本当は、忘れてなどいないんでしょう?」 マスターは何時も好奇心旺盛でとても記憶力が高いが、ある意味とても忘 れっぽいところもあり、関心の薄いことまではそうまともに把握していな い。“歌詞”も“意味”もろくに覚えていない歌のメロディだけをほぼ全 体覚えているというのは無いとは言えないが、特に目立つ楽才があるわけ でも無い彼の場合は少々不自然な気がする。 少なくとも、記憶するだけの印象があった筈だ。 「・・・忘れたさ」 少し目を伏せて横を向く仕草で、首筋が晒される。 溜息のような息がつかれて、相変わらずろくに前を留めていないシャツの 胸元が上下した。 「・・・・・。 もう一度“子守唄”をリクエストしようかとも思いましたが。 矢張り、そんな柄ではないような気がしますので。 ・・私には、貴方のように持ち札がありませんから。 挑発しておいて後で文句は言わせませんよ」 その首筋に、滑らかな皮膚に前置きなく牙を立てる。 「・・・ッ。 ・・・ふん。チェリーの癖に生意・・っ、・・・・」 「寝具を汚さないようにしないと、管理人の彼女に悪いですから。 おとなしくしていてくださいますね? マスター」 「・・・・・は。 ま、そ・・だな」 あのお嬢さんは良い管理人だからな、と苦笑のような溜息が零れて。 彼はそのまま、伏せていた目を閉じた。 遠慮なく食して、自分の空腹は満たされたけれど。 失血で意識を失った彼を眺めて、そっとその頬に触れる。 「・・・・。 マスター」 本当は、彼が望もうが望むまいが、出来ることならもう少し優しく眠らせ てあげたいと思った。 だけれど、彼が時折深く憂いているようなその何かを。 僅かなりとも慰める歌など持たない私は。 ただこの手で、幼い子供にするように触れて髪や背を撫でて、抱えて眠っ たとしても。 光無き闇はその身の内にも宿っているのだろうから。 ・・・・・・・せめて。 夢も見ない眠りを、今だけは。 額の髪をよけて、そっと口接ける。 月の光の下の眠りを、どうかこのひとに。 *** マスターの沈んだ様子は幸い一時的なものだったのか。 翌日は夕刻一旦帰ってみたが、外出するのに飽きたのか気紛れか、宿の玄 関脇の応接コーナーで管理人の彼女に頼んで淹れて貰ったお茶を飲んでい たりと。 ・・・妙におとなしいといえばおとなしいが、夜に出迎えてくれて庭でサクラを構 いながら小さな書庫にあったという本やら映像資料やらの掘り出し物の話をし ていたのが結構楽しそうだったので、そういう気分なのだろうということでいい ことにしよう。 依頼の件は調査に手間が掛かったが対処としては大したことではなく、 無事に報告書を書き上げて了承を得たのは丁度此処に来てから五日目の内 だった。 翌朝、三日分は先に払ってあったので、残りの二日分を精算して貰おう と荷支度をして玄関に下りていくとカウンターには誰も居なかった。 呼び鈴のボタンを押すと横の控え室らしい一枚式のスイングドアの奥から 壮年の男性が顔を覗かせた。 どうやら忙しいようで、丁寧な様子でチェックアウト用の精算用紙を打ち 出してくれた際にも、電話の音で一旦また奥に行って戻ってきた。 容姿が彼女の面影があるので多分家族なのだろう。 領収書と一緒にCMを兼ねたサービスらしい綺麗なポストカードセットと、 宜しければお時間のある時にでも送っていただければ、と送料不要の封筒 を添えたアンケートカードを渡されたので、丁度チェックインの来客があっ たこともあり挨拶出来ないのは残念だが後でこれに書けば・・と諦めて。 マスターは一足先に“棺ごと”飛行場のほうに荷配送で送り出してあった ので、庭のサクラを連れに行ってもう一度建物を眺め、少々名残惜しいよ うな気分で居心地の悪くなかった宿を後にした。 帰宅して数日後。 別の仕事が入ってしまって時間が取れなかったので漸く一息ついて。 そうだ、あのアンケートを・・・とポストカードと一緒に広げてチェック が終りフリースペース部分も書き終えようとしていると。 「な〜にやってるんだ?」 背後から首を抱え込むように腕が絡む。 「マスター! 何かの作業中だろう時に急に触らないで下さいと何時も 申し上げているでしょう・・」 危うくペン先が滑る所だった。 片方の指先が伸ばされ、机の上の用紙を滑らせて摘(つま)み上げる。 「何々・・・ああ、この間の」 「そうです。 ああ、彼女に一言書きますか? 残念ながら朝いらっしゃらなかったので私も挨拶しそこねましたが。 貴方もお世話になったでしょう」 記入事項を眺めていたようだったマスターは、何故か沈黙を返した。 「? ・・・何かカードの記載におかしいところがありましたか?」 段階選択式のものだから、そうそう間違えはしないと思うんだが・・・。 「・・・・。 ほんっとーに、ニブイっつーか。 ハナが利かないというか、素直と言うか・・」 くくっ、と喉の奥で笑って用紙をひらと落とすと肩に頭を載せてぎゅうと しがみつかれた。 「・・・・・? マスター?」 「・・・ま、それじゃ」 腕を緩めた彼は私の手からひょいとペンを取り上げ、さらさらとフリース ペースの余白に書き付けてペンを元の位置に戻すと、机の上を指差した。 「これ、一枚貰っていいか?」 選んだポストカードは、裏庭が写っている宿の外観。 冬なのか、晴れた空と草木とのコントラストがまた違った風情がある。 丁寧に拾い上げて、手元に差し出した。 「・・ええ、どうぞ。 別の季節にまた、行ける機会があるといいですね」 「・・・ああ、そうだな。 じゃ、そのカード宜しくな」 今度は柔らかに笑って、ひらとそれを持った手を振るとマスターは部屋を 出て行った。 余白の一番下に書き添えられていた文字は・・・ “House Guardianに宜しく” ・・・。 確かに、“管理者”も指すが。 ・・・・しかし。 一寸待て。先程の彼の言い回しは。 「ちょ、マス・・・ え、えええ?!」 その後、改めて問い合わせたことによると。 あの宿には時折こういうことがあり、応対された客は何事も気付かずに去 るか、数代続く主だというあの男性に“あの人は?”と尋ねて気が付くの だという。 捕まえて問い質したマスターは、 「日本でも、歴史のある古い家には“家守(イエモリ)”っていうのがいる みたいだぞ」 と、しれっと口にしていたが。 人間の女性に“接触嫌悪症”がある彼が割と構えていないのは・・・快活 だが控えめで必要が無ければ自分から近寄ってこない“管理人”だからか、 とばかり・・。 世の中、不思議は気付かないところに潜んでいる・・と。 つくづく溜息をついた。 時折。 月が巡る折に微かに思い出す。 あの歌詞の殆ど無い歌を。 ・・・言葉として聴けなくても。 その手が私に伸べられて、その声が傍にあるように。 ただ祈り願うことしか、出来なくても。 細い細い糸でも、織り上げれば布と変わるように。 どうか、光が失われぬように。 |
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図書館で白鳥英美子さんのアルバム〔I'M HERE〕を借りてみたところ、 「月」という歌がとても気になって、ふとレイフロがこれを歌ったらどう なるかなぁ、と。 しかしどうしたものか・・・と思案していると。 後日ふと。 Bの御方との契約ってどうなっているんだろう? 代償はバリーのあれと“レイフェル”という存在だけで済むのか? そしてバリーは現状“敵”ではないけどあれって別の意味で大丈夫なの? 放っとくとその分、本体から何か要求されたりしない? よくある悪魔との取引といえば、死んだら魂を・・とかだけど。 もしも呪縛解除出来ずに死んだら魂がこの世の終りまでBの御方本体の 元に囚われる・・なんてことはありえるのだろうか? という大変イヤーなことを考えてしまったのでソレ怖いからこの際、とば かりに音源HCのCold Handっぽく憂い気味のレイフロを。 元の歌は、とても広々とした山野が皓々と月に照らされているかのような 印象がするのですが。逆転して、街で闇月一歩手前の極細の月になりま した。 日本語歌詞は英訳を知ってて内容を記憶しているけど、歌える程覚えては いないような感じで(チャーリーが覚えてるだろうと言ったのの主点は内容 のことです。“遣り取り”的には二重だけど)。 +carry onの意味(※元歌的にはto carry onは“続けて”のような辺りの 意味ぽい? レイフロは“この時間が続けば”という夢と、永遠に闇に 沈む悪夢の狭間でぼんやりしてた感じ) +ブラッドオレンジ&カンパリ・オレンジ +音源台詞の失血による寝かしつけネタを“シリアス寄りで”やってみる +ほか主に音源由来の同行関連推測入り +欧米ではツインルームは少数でシングルかダブルらしい(うぃきぺの 「ホテル」の項目参照) を投入して混ぜて、更に舞台設定のオチを加算。 ねるねるねるn 酒がほぼ飲めないので文中の赤い酒は検索情報と、家に丁度あったカ ンパリを匂い嗅いだり舐めてみたりしたデータだけで出来ております。 COは酒1/ジュース3/レモン成分添加のレシピ参照。 色々ど−にも無理がヒドいのですが取り合えず置いておきます・・・lllorzlll 20111023: |
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