花見月・花残月


とある街の神社の境内。
辺りは例年よりやや遅れて訪れた暖かな春の陽気に満ちている。
ざわざわざわ、と梢を時折揺らしてゆく風も肌触りの良い布生地の様
だ。
外れた場所にある小さい神社のせいか普段からおとなうひとは余り
居ず、在職の宮司も居るのかいないのかわからないがある程度きちん
と管理はされている。
そんな場所に、今日は珍しく人の声がある。

「……。こういう場所の木って、登っていいもんだったっけか?」
半ばぼやくように言った青年は、視線を上げて目の前の木を見た。
木、というよりは樹という文字のほうがしっくりくるかもしれない。
ごつごつと形が変形している桜の樹。
その一番下から二番目の太い枝。
「大丈夫。これ元気だし、丈夫だから」
ぽん、と幹を軽く叩いてみせて声が返る。
そういう問題じゃ無いんだが、と思いながら溜息をつくと問いが降り
てくる。
「君はこういうとこで木登りしなかったのかい?」
「……木登り、はしたけどこういう場所ではしなかったぞ」
「どうして?」
「ガキの頃、神域の石とか木には神様が居るからむやみに乗っちゃい
けないんだって聞いてたからな。一応」
ざざざ、と小さな社を吹き過ぎていった風の行方を視線で追いながら
答える。人で賑わう世俗にまみれ切ってしまった神社の中にはとっく
に見られなくなった一種の空気を、こういう場所には感じ取ることが
出来る。
子供の頃には昼間でも少し怖い気がしたものだ。
「…ん、そうだね。桜の名前は“神の座(サ・クラ)”からきてい
るともいうし。
でも、神社にあるものばかりに神様が居るわけじゃないと思うよ。
君の家の前の道の小さな石に居るかもしれないし、僕の家の花瓶の
一枝の葉に居るかもしれない」
それに天津神ならわからないけど国津神なら多分普通に頭に乗られた
くらいでは怒らないと思うし、などと呟いて彼は微笑う。
アマツカミ、クニツカミ。
天の神と地の神。八百万の神々。
彼の楽し気なのんびりした口調で聞かされると、今だそのへんにゴロ
ゴロ居たとしても当たり前の様な気もしてしまう。
「まぁ、子供と呼べる歳はとうに過ぎてしまったし、余り長く乗って
いると流石に機嫌を損ねてしまうかもしれないな」
とやや寂しそうに苦笑してから、イマイチ危なっかしく見える動作で
幹を伝った裸足の足先は節くれ立った根の上に下りた。
靴を履いて、擦り減った石畳の上から樹を振り返る。
さわさわさわ。
風が枝を揺すって花片が舞い落ちる。
ひらり、ひら。
満開にはまだ間があるが、その花は優しく視界を覆っていた。
日と周囲の葉緑に透ける薄紅の色合い。
彼はじっとそれを見上げている。
暫くそうしてから、ご免ね待たせて。帰ろうか、と笑顔が向く。
「まったく、あんたが寄り道したがる時ってこんなんばっかだな」
後を歩きながらそう言うと、
「今度は君につきあうよ」
二歩先で、花影が揺れている淡色のスーツの背が答えた。

いつかの日。
風が渡ってゆく、過ぎる春の一日。



了.





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『花見月・花残月』蛇足。

はなみづき・はなのこりづき。
…ヘンなタイトルですが直言すると唯の‘三月・四月’です。
多分2008のできごと。ランチ視点のリーダーとランチ。

write up:20010309
GさんことA・J様へ進呈させていただいたもの。

「ふつつかな桜井」とかいうヘンなキーワードの思い付きをしつつ
もピントもチューニングも合わずにズルズルと保留。
そしてふと見たばかりの(差し上げ先のかたの開いたばかりのサイト)の
白い色彩を思い出してたらふっと。映ったのは何故か桜の風景。
 そしてコレはぼんやり思った‘木登り’かなということで結果こ
んなシロモノが出現しました。
 因に書いた後(遅)ふつつかを辞書で引いてみたら不束と書いて
“才能やしつけが行き届かない有様”だ、そうでした・・(←自分だ…)。



オマケ:神職の一般的階位は

宮司     →巫女   →巫女
権宮司 ↑        ↑
禰宜  ↑         ↑
権禰宜 ↑        ↑
出仕(雑司・巫女等) →

となっているそうです。巫女(巫子)の存在が重要な所には独自階級も。
一般に神主と呼ばれてるのは大抵禰宜のかただそう。
末社の場合はこの人一人だけのことも、巫女が司っている場合も(特に斎宮社関連)。
一社のみの存在の場合は宮司のみということも。
という訳でこの文中の神社場合は、一社のみのえらくマイナーそうというイメージで。






※ネタ元原典:『DEVIL SUMMONER  SOUL HACKERS』(ATLUS)。 勿論ですが個人的なお遊びの落書きにつき、ネタ元の製作会社等には無関係です。