・魔法使いのお茶会・


 ある日の街道沿い。夕刻も近い時刻。
天候も気候も穏やかな時期で、大陸を渡ってゆく風も木々を過剰に揺らした
りはしない。さわさわさわ。枝と葉を鳴らして通り抜けてゆく。
街道を少しそれた林の中の空き地から、一筋の薄い煙が立ち昇っている。
誰か旅人が休んでいるのだろう。

 「ねぇねぇ、こんくらいでいいです?」
よいやっ、と身長を超える丈の木切れを小束に出来る程抱えて来たいきもの
は、円形に落ち葉や草を取り除いた地面のそばにそれを置いた。
「そうねえ、あとは‘そだ’よね」
水を汲んで帰ってきたアネコネーゼはそれに答えて、竈の組みあがり具合と
少し離れた場所で天幕を張る場所を相談している様子を眺め遣ってから、
近くの草の上に水筒二つと薬缶を置いた。
「ういッス♪こっまかいの〜♪〜」
と歌うように復唱しながらいきものは腰にくくりつけてある一対の鉄爪を
ちゃかちゃかと鳴らしながら再び木立の向こうに駆けて行った。
半円に積み上げてある大雑把な石組みの竈は上のほうがやや球形に近くな
り狭くなっている。焚き口から枝を差し入れてくっつきすぎないように配
置していると細かい枝の束を抱えたいきものがせっせと戻ってきた。
「お待たせ〜」
「おっけー、こんなもんでしょ」
細かい枝を組木の隙間に押し込んでから竈に鉄の網を載せ、その上に薬缶
をかけた。
火打ち石を叩いて火をつけると、上手く燃しつけられたのかゆらゆらと
オレンジの炎が揺らめいて木組を伝って暫くすると小さな焚き火になった。
 湯が沸いた頃、竈を組んだ後姿を消していた仲間の一人が戻ってきた。
右腕に束ねた枝を抱え、左肩にはそだを一山乗せている。
「・・このくらいあれば、とりあえず夕飯には間に合うかな」
急いでいるときなどには移動する間に拾って束ねておくのが早いのだが、
今日はまだ日が落ちるには大分間がありそうなので野営地付近で集めるこ
とにしたので予備が無い。
夜の分を集めてくる、と少し離れた場所に束を置いてまたすぐ歩み去るの
を見て、鍋に入れる材料を揃えていたいきものがいってらっさーい♪と
手を振る。
天幕のほうは作業を終えたようで、聞こえてくる会話の内容が今日の出来
事と夕飯の支度の内容に変わっている。
そろそろお茶を入れておこう。
常用の薬草茶を一塊、薬缶に放り込む。
 と。横で妙な音がしたので振り向くと、小柄ないきものが足を滑らせた
のか鍋の縁にごぃーん・・と反響を響かせていた。
「い、痛いです姉さんすいとーください;」
「すぐそこでしょ?」
けちーという苦情を発しつつ移動して、ひんやりした金属の表面に額を押
し当てている。たんこぶができたようだ。どうやったら至近距離でそこま
でブチ当てられるのだろう?とみえるが、このいきもの、小柄な見た目に
反して重いので転ぶと重量が作用するのだ。
「それ冷水用なんだから。ぬるくなったら汲み直して来て頂戴よ?」
濾過用の特殊な魔法のフィルターがついていて、沸かさなくても普通に口
に出来るようになっているので、薬缶に入れた水もまずこれで漉している。
水の魔法が自由に扱えれば水を作り出すことだの、洗濯や水浴びにも色々
便利なんだけどなーとふと思うが、割と生活に活用出来そうな魔法のほう
が細かい作用のためか組み合わせなどもしなくてはならないものも多いせ
いか扱いが難しく、自由に扱える者は少ないようなのだ。
折角魔法使いなのになー、とため息をついてアネコネーゼは薬缶の様子を
見てから荷物から小鍋を取り出す。昔絵本で見た料理をつくってくれる鍋
とか、誰か魔法開発してくれないかしら?
「・・・ちぴっつ!いつまでひんやりなごんでんの!」
「あいっ!支度しますっ!」
 夕飯はまだ暫くかかりそうだ。


 夕飯の片付けも終わって、皆が思い思いに位置を決める頃。
アネコネーゼは自分のためのお茶の支度を始める。
今日は切り株を椅子に、大き目の平石をテーブルに決めた。
気が向くと誰かが一杯分けてと紛れ込むこともあるが、基本的に自分だけの、
一人のお茶会である。これをしないと気が休まらない。
軽くて丈夫で綺麗な模様の打ち出された合金のお茶用の繊細なポットとティ
ーカップ。本当は陶器が好きなのだけど、あんな重くて壊れやすいものは
冒険の旅に持ち歩いてなんかられないのだ。
そのまま火にかけることも出来るポットだが、今日はせっかくゆっくり出来
るのだからと蒸らして入れる紅茶を選んだ。
小さな缶から押し固めてあるサイコロのような小さなブロックを取り出し、
茶葉を傷めないようにスプーンでほぐしてからお湯の中に注ぎ込む。
蓋をして厚手の布をかけると、小さな懐中時計を取り出して眺める。
コチコチコチ。
故郷の街に居た時は、分り易くて綺麗だから砂時計を使っていた。
どこかの海岸で取れるという星の形の砂が混じった、きらきらしてる青い
青い海色の砂。帰る時まで無事に棚で待っててくれるかな・・・
さらさらさら・・
遠い気のする幻の音を聞いているつもりでいたら、いつのまにか後ろに居た
ちぴっつが川原からでも採ってきたのか袋に詰めた砂で何かを作っていた。
「おしろはむずかしいですねー」
砂の中に鉄爪が半分埋もれているのが見えるので、本来は爪を磨く為に採っ
て来た砂でつい遊び始めたようだ。
結構綺麗な川砂で、乾いた音が袋の中の手が動く度に静かな辺りに低く響く。
「ぎゃっ!こわれました・・・」
・・・失敗したようだ。しかしそもそも水なしで造形できるほうがスゴいか
もしれない。
「うるさいわよ? 爪磨くなら磨いちゃって。
お茶あげるから静かにしなさい」
「おお♪お呼ばれしますよー」
暫くしてお茶をカップに注ぐ頃、砂袋を片付けたちぴっつが自分のブリキカ
ップを持ってたかたかと期待たっぷりに戻ってきた。
「ナッツ見つけたんでお茶請けにしましょー♪」
ティーソーサー代わりの皿の載っていた布の端にざららとカップの中身を
空けてから、これにお願いしますーとカップを差し出す。
「はいはい」
こぽこぽこぽ。
柔らかな水音と共に暖かな湯気と香りが漂い、金属の色を映し込んでやや暗
めの色合いの赤っぽい琥珀の波が揺らぐ。
「紅茶いいですねぇv」
「一寸ミルクティーが懐かしいかも・・」
「野生の牛さんか山羊さんってこのへんいませんかねー?」
「うーん。・・今時の荒野じゃ、居ても魔物より強い群れとかじゃないの?」
「・・・・近寄れませんねっ;」
「あんた外見を生かして直談判出来ないの?」
「いやー・・牛語はちょっと・・・;」
飲み頃に冷める間に香りを呼吸しながら木の実をつまんで些細な雑談をする。
「いただきます」
「いただきまーす♪」
喉を滑る温かみと、飲み込むと暫く残る香り。
ほっと息をつく。
一日の終りにきちんと淹れたお茶をゆっくりと飲む。
これがないとやっぱり落ち着かない。
「ぷはー!おかわり下さいっ!」
「・・もうちょっと味わって飲みなさいよっ!良い茶葉なんだから!」
襟足を掴んでぽいっと放り出すと、頭上の木に引っかかってしまってなにやら
騒いでいる。・・・一杯飲みきるまで待ちなさい。
そしたら降ろしてもう一杯あげるから。

こくりともう一口飲んで。
さわりと穏やかに吹き過ぎていった風の行方を、宵闇に追うともなく見遣り。
静かに深呼吸する。
お茶の香り。
生活には潤いが必要よね、たとえ冒険の旅の途中でも。
優雅に足を組替えて、色々なことや、明日のお茶は何にしようかしらと考える。
そんなひととき。
 極上の香りと味は魔法の一匙。
夢を見るように、この世界を呼吸して。

 ひとりきりでも、賑やかにでも。
日々過ぎてゆく、魔法使いのお茶会。

20031219・r





■随分前に保留の保留で遅延していた物件;
アネコさんのPL、姉上のリクです。
遅れ果てた上に内容がズレているのですが;;寛容なコメントをいただい
たのでとりあえず此処にも置いてみませう。

リク内容は「アネコの優雅な日常(なんなら水芭視点でも)」
だった筈・・・が。姉上のサイトのDK週報中にある断片を参考に、
お茶を書こう、と思ったところ習性で背景+日常旅事情設定に走・・・;
結果的に「まゆげパーティ野営地事情・アネコサイド」になっております;
参考にしたもの及び構成上、アクションのつけやすいちぴさんをサブメイン
に持ってきてしまいました。
(ちなみに、水芭視点の場合客観の構築が必要なので、アネコさん主観の
ほうに)

水芭はお茶は割かし好きそうですが、余り個人的に既製のものを持ち歩かな
そうなので。旅先で香草・薬草・木の根・果実とか探してお茶を作ってたり、
たまに荷袋の底から固形にした緑茶を入れた茶缶を取り出して入れてたり・・
なんてあたりかなと(笑)。
買い物ついでに寄った街のお茶屋さんで色々眺めている一行、というのも
面白いかもしれませんが(笑)。でも茶葉屋描写できなさそうなので思いつきに
終わらせようと思います(がくり)。

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