滲んだ眼を拭って手紙を畳んで収めたところで、玄関のほうで音がする。 あ、帰って来た。 「サントさん! おかえりなさい」 手紙を置いて出迎えると、ただいま、と微笑ってくれた。 抱き寄せて髪に軽くキスを落とすと、ん、と肩の辺りに懐くように頭を付け られてじんわり幸せに浸ってみる。 少しの間堪能してから身体を離すと、俺の顔を見直したサントさんが、ん? と微かに眉を顰めて左手を伸ばす。 「・・何か、泣くことがあったのか?」 少々心配気に観察する視線と目元に触れる指先に、あ、さっきのか、と、手 を引いて行き、コレコレとダイニングテーブルに置いておいた手紙を指差し て慌てて簡略に事情を説明する。 夕食の片付けまで終えてから手紙を渡すと、真面目な表情で順に読んでい たが。 ふと、軽く眉をしかめると封筒を見直している。 ガラナちゃんのほうの小さめの封筒だ。 脇から覗き込んでみると、 「あれ?」 封筒の内側に下向きの矢印が書かれていて、 追伸! と添えられている。 底に近いほうに内紙に似た色で書いてあるから気が付かなかった。 封筒を渡されたのでペーパーナイフで出来る限り丁寧に分解してみると、封 筒も便箋として使えるタイプの、内紙の一部に罫線が入れられたものだった らしい。 その罫線には、 『もしもこの手紙を読んで不機嫌なようだったら 気にしないでいいですって言っておいてください。 それでも気にするなら、イギリスなら法律あるよって 旅行に来てたフランスのお姉さんが言ってました』 ・・・えーと? これは俺宛てだから・・・ 「・・・サントさん、のこと、だよな?」 再び封筒を渡し。 じ、と機嫌どうかなぁと隣に居る彼の様子を窺うと、手紙を読んでいくとポ ーカーフェイスに近くなっていたのが、追伸を読んだ途端、むっと不服そう な表情に変わる。 「・・・・・・。 ・・・・・ ・・・・ あ」 考え込んでいたのが、小さく声を上げると脱力したようにソファの背に埋も れて封筒だけ押し付けてきた。 「子供に張り合ったのが今頃返って来た」 「え?」 「・・・・・・。 “焼き餅焼く必要無いし、気にするくらいなら結婚すれば” って意味だ・・・」 「・・・え?」 疑問符を浮かべながら改めてガラナちゃんの手紙と追伸を見直すと、やっ とどういうことかわかってきた。 あれだな、ガラナちゃんがお年頃のお嬢さんだったら、みたいなフレーズに 読めるんだなわかりました。 追伸で書いてあるから、書き終わってから気が付いたか、その旅行客のお姉 さんとやらに文面に突っ込まれたのかもしれないなぁ。 ・・・・・結婚かぁ。 英国は近年では結婚率がかなり低く離婚率も高い。 逆に、結婚せずに実質夫婦同然という組み合わせは多い。 これは法制度のメリットデメリット等々に影響されているんだけど・・・ それと、一応、旧来法で結婚出来ない組をカバーするために “市民パートナーシップ制度”というものがある。 追伸に書かれているのは多分このことだろう。 ・・・・ふぅむ。 「・・・サントさん。 以前はとっさの言い訳に使っちゃいましたけど・・・ 嫌じゃ無ければ、本当にうちの田舎の両親に挨拶に行きます?」 ぽすん、とソファの背に凭れて隣を見遣ると、 「・・・。 いまのところそこまでしなくていい・・・・」 という呟きが聴こえて、肩のあたりに、こてんと頭が凭れて来る。 柔めの手触りの髪を撫でてみると、覗く耳がやや赤いので拗ね照れてるんだ ろうなぁと思うけど。 「ん・・ 俺はニブいから・・言ってくださいね。 安心出来ることがあるなら、早めにしたいです」 「今、は・・これだけ、でいい」 もそっと半身が擦り寄られたので抱え寄せた。 暫くそうしていてから、このままこうしてるのも悪くないし流石にもうそろそ ろ秋冬ほど寒くは無いから大丈夫だとは思うけど・・と思い、凭れ掛けさせた ままよいしょと両腕で抱え上げて立ち上がる。 「うっかり転寝しないうちに、寝室いきましょ?」 促して歩み出そうとすると、左手が動いて指先が軽く俺の鎖骨の辺りを叩く。 何か言いたいのかな?と止まると、体勢をずらして両腕が首に回ると吐息が 重ねられる。 「・・・・ん、 私が安心出来るようにしてくれる、んだよな?」 顔を離した僅かの隙間で囁かれる声音と眼差しに、この状況で間違いようも無 く。 「・・・びっくりして落としたらどうすんですか」 先に風呂でいいですよね、と抱え直して進路変更する。 ああもう心臓に宜しく無い。 「取り落とすのか?」 「・・・落としませんけどね」 可笑しそうに小さく笑うと、すり、と猫がやるように額で懐かれる。 ・・・今の俺なら、以前の黒猫耳尻尾セットとか、銀狐セットとかが今のサン トさんに付いてたら高速で耐性撃墜されそうだ。 そんなことを頭の隅で考えつつ、溜息をつきながらリビングを後にした。 ヲワリ. |
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