[glow of dawn in you.]



 びゅう、と大きく風が唸った。
 海から吹き付ける風がレイフロとチャーリーの髪を右へ左へとな

ぶるようにはためかせる。あまりに強風で、高い崖の上にいるとい

うのに数十メートルも下の海面から水が舞い上がり飛沫となって
折彼らの顔を濡らす。
「…なぁ、チェリー」
「もっと大きな声で言ってください! 風でろくに声が聞けません
!」
「お前の耳はノイズキャンセラはついてないのか!」
「機能を使っても! この風には敵いませんよ!」
「全然ロマンティックな場所じゃないな!」
「来た時期が悪いのでしょう! こんな真冬に、こんな断崖絶壁に

来る物好きなんてあなたくらいだ!」
「チェリーとらぶらぶデートできると思ったのにぃぃぃ!」
 風に声を遮られながら顔を寄せて叫び合う。
 あと数時間で夜が明ける。ここは付近では有名な観光スポットで
あり、朝日を見る絶好ポイントとも謳われている。だからオンシー
ズンであれば夜明け前にそれなりの人数が集まるのだが、底冷え
るこの季節と悪天候で周囲に人は見えない。
 暗い暗い断崖絶壁の先端に立って、ふたりは朝日が上るのを待っ

ている。


 ことの発端はもちろんレイフロだ。
 仕事のため、忙しなく文献をあさり、ツテを辿って参考人を訪ね

と、文字通り西へ東へ奔走するチャーリーにくっついて回って構え

遊べと催促するのは、すでに彼にとっての日常となっている。
 そして。「仕事が終わるまで放っておいてもらえませんか?」怒

が心頭に発する直前に、チャーリーはなんとか平静を保ちながら

レイフロに詰め寄った。これも日常のことだ。まぁレイフロとして
も、
仕事に疲れて少々やつれ気味の息子のお願いとあれば断れない

せっかく気の張り詰めたチェリーの肩の力を抜いてやろうと賑や

にしてやってたのに。と肩を竦めるレイフロとチャーリーの間に

埋められないグランドキャニオンほどの渓谷が存在するのだが、

そのことには幸か不幸かお互いに気づいていない。
 とにかく。
「分かった。お前の言う通りに静かにしてる。だから仕事が終わっ

たら、俺の行きたいところに付き合ってくれよな」
との提案をして、レイフロはそれ以上仕事の邪魔になることは自

することにしたのだ。
 行きたい場所というのは、現在仕事で訪れている海岸沿いにある

とある観光スポットだ。
「なんでもそこから朝日を見たカップルは永遠に結ばれると言われ

てるらしいぞ!
それを聞いたからには行かないわけにはいかないだろう。いつかの

薔薇の迷路のリベンジだ!」
 カップル? 結ばれる? レイフロの口から飛び出す単語に若干の

違和感をもちながらも、それで仕事に集中させてくれるならとチャ

ーリーは承諾した。


そしてこの荒天気である。
 防寒と、なにより朝日の光対策に持ってきたキャンプ用のブラン

ケットにくるまってレイフロは時間をチャーリーに尋ねた。朝日が

昇る直前にはマスクとサングラスを装着する必要があるためだ。
遠に結ばれるためにはこちらも命懸けなのだ。
「日の出まで、あと一時間ほどでしょうか!」
 チャーリーが腕に巻いたダイバーズウォッチを確認して答える。
「ちなみに考えたくないが、この天気だと太陽が見えない可能性も
あるよな!」
「たしかに! 簡単にクリアできてしまっては永遠が安っぽくなっ

しまいますからね! もしかしたら綺麗ではあるが朝日が見える

確率の低い所なのかもしれません!」
「だぁぁぁぁっ!」
 騒いでいるうちに、やがて風が凪いできた。海も今まで荒れ狂っ

ていたのが嘘のように静まり返っている。
 ほんのかすかに、日光を恐れる者だけが感じ取れる朝の匂いが
囲に立ち込め、レイフロの鼻腔をくすぐった。 ブランケットを被
りなおして、隣に立つチャーリーの手を縋るように握ったのは無意

識のこと。
「あと約30分。…マスター、怖いですか?」
「ん? ん〜、ふふ、身を焼くものだからな。当然日の光は怖いよ

 恐怖を感じさせない軽い口調を装い、肯定。それからレイフロは

少し考えて、いや、と首を振る。
「日光を怖いと思う自分が恐ろしい、のかな」
「………」
 レイフロが薄く笑う。普段の軽薄な調子を保ちながら自嘲する様

はチャーリーの胸を締め付ける。呪われた生は、灰になって消滅す

るまで自分たちに寄り添って絶えず苦しみを与え続ける。レイフロ

の恐怖は自分のそれでもある。チャーリーは伝播した感情に立ち尽

くした。しらず握った手に力が込もる。
「マスター」
「ん?」
 レイフロが風が凪いだのを機に、煙草をくわえて火をつけた。ジ

ポーを擦る指先が震えるのは寒さのせいか、それとも日の光への

畏れか。緊張を煙草で解そうと、深く肺に吸い込んで吐き出した煙

がチャーリーに薄く掛かった。
「この岬の伝説はご存じですか?」
 いや、と首を振るレイフロに調べた地名の由来を説明する。
 昔、この近くに愛し合う男女がいたそうです。どちらも裕福では

なかったが幸せな日々を送っていた。しかし、美しい女に結婚の申

し込みが舞い込んだ。相手は付近を仕切る提督だ。断れるはずもな

い。しかし、その女と恋人は別れなかった。ふたりはお互いの髪を

結び、ここから飛び降りた。
「そして天国で永遠に結ばれた。めでたしめでたし、って訳か」
「あなたはどう思いますか、この話を?」
「天国がどうのっていうのが? それとも心中が? よく分からんな

…可哀想な話だとでも言えばいいのか?」
「いえ」
「心中も自殺の一種だからな。その行為すら罪深い」
 レイフロが懐からサングラスを取り出し朝日に備える。
「だが、俺たちの存在そのものも罪なんじゃないか? だからその

罪の意識で俺たちはいつも苛まれている、…だろ?」
「…えぇ。だから」
 繋いだ手をチャーリーがほどく。名残惜しくて離さないでほしい

チャーリーに視線で意思表示をすると、微笑みと共に腰を強く抱

かれた。
「チェリー?」
 身体を引き寄せられて。
「…マスター」
 崖の縁に一歩踏み出し、はるか下方の海面を見つめるチャーリー

の表情はどこまでも穏やかだった。
「もし、あなたが望むなら…」
 また一歩踏み出して。靴の爪先が蹴った小石が、すぐ先にある崖

を下へと落ちていく。
「あなたが太陽を恐れて耐えられないというのなら。呪われた生を

終わりにしたいというのなら。…私は共にここから飛び降りても構

わない」
 ひゅう、と一陣の風が吹き抜けて、レイフロのくわえた煙草の先

から灰を舞い上がらせた。ひとくち吸い込んで、ふわり煙を吐き出

す。
「素敵なお誘いだな。…でも、ここから飛び降りたくらいで俺たち

は死ねないと思うぞ?」
 なにしろ飛行機から落ちても死ななかったんだからな。浅慮をた

しなめるように、にやりと笑って近くにある顔を覗きこむ。
「そうですか? 意外と簡単だと思いますよ。あなたは陽を浴びれ

ばいい。私は海に落ちるときに受身を取らなければいけると思いま

す」
「へぇ」
 チャーリーに抱えられたままレイフロも足元を覗きこんだ。はる

か下方の海面は夜明け前のグラデーションを見せてとてもきれい。

あそこに飛び込んで塵になるのも悪くはないか。―――そうレイフ

ロが言えば、チャーリーは自分を抱いたまま何の迷いもなくここか

ら飛び降りてくれるだろう。
「マスター、誤解しないで。私は心中の誘いをしているわけじゃな

いんです。ただ、あなたが望めばそうする覚悟があると伝えたいだ

けだ」
 チャーリーが静かに告げる。こんな告白、まともに聞いたら頭に

血が上って赤面してしまいそうだけど。今日はレイフロの胸にすん

なりと沁みていく。夜明け前の、海を見下ろすシチュエーションの

効果か。それとも朝日への畏怖がそうさせるのか。
 レイフロはまた煙草をひと吸いした。そして手を前に出して指を

開く。吸いさしの煙草が、ゆっくりと海へと落ちていくのを最後ま

見届けずに。
「…そうだな。うん…、まぁ、飽きるほど生きてはいるが、まだ死

にたくないかな。…お前と居ることには飽きてないから」
 サングラスを外して、色の濃いレンズを挟まずにチャーリーの目

を見て。そして腰を抱く手を掴んで歩き出す。海とは反対の方向へ。

「さぁて、茶番は終わりにするか! 帰るぞチェリー」
「え、は?」
 後15分程で日の出ですよ。の声は聞き流して。
「やっぱり永遠はいらない」
 気まぐれを装って、内陸へ引き返す道をチャーリーの手を引きな

がらずんずん進む。
 だって、欲しいものはもう手に入った。共に死ぬ覚悟なんて、朝

日以上に自分を焦がす他にはない愛しい彼の想いを。
 だから、もう永遠は欲しがらない。


†††








BDとVtが同日だというVt企画の項目用にラフいものを送りつけたところ、
こちらのBDが0130だということでお返しを戴いてしまいましたのです♪
動きがあって(文字だけど)絵面が綺麗なのですよ・w・v
有難う御座います(平身低頭)。

迷路の件は3巻付属CD参照。
「3巻CDネタ混入・同居延長上の時間パラレルifのような」
ということで。

る様的には「(基本寄り設定では)発言出来ないと思う台詞」ということなんだけど、
前後の台詞と4巻CDも考慮すると「もしも言うならば」の最大上限の台詞じゃないか、
と思ってみたり。


20120131:




 ・・・そして、レイフロが“今度こそ”返事をしてくれたのはいいのだけれど・・?
ということで、何故かifな続きのようなものが出来てしまったので。
どこかのポリバケツに放り込んでおきます。
行き当たりばったり&大変ラフいのでお暇なかた向けでs lllorzlll



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