本編十九章の直後と
二十一章、二十二章を推測補完
したものに更に何か混入した落書きです。
一応ネタバレ注意。













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 扉を開けたところで、足が止まった。
部屋の半面を仕切る硝子の壁の向こうの光景に、内心衝撃を覚えたのだと
思うが。現実感が直ぐには沸いては来なかった。
暫くそのまま立ち尽くしていたが、物音を立てないように近寄って。
昨日、少しの間だけ座って話していた時のままの、“壁”の間際に置かれ
た丸椅子に腰を下ろす。
「・・・。」
寝台はこちらに横側を向けて間近に置かれているので、特に遮るものも無く。
眺めるのに支障は無い。
向こうの声は聞こえるが、こちらの方向に視線が向いてもどちらも全く反
応する様子が無いので、おそらく向こう側からは再び特殊なワンウェイミ
ラーのような状態に切り替わっていて見えてはいないのだろう。
思考の半分をそのまま置き去りにして、半分が妙に冷静に情報を考察する。
 ・・・・・あのひとは、私がどう反応するかは大体わかっている。
つい暫く前にも“酔った振り”をして遠ざけようとした時の声の響きはま
だ、克明に思い出せる。
けれど、今はその必要は無い。
何時確実に居るかこそは解らないだろうが、此処から見ることが可能なこ
とも、承知している。

 暫く振りに思い出したばかりの、昔の記憶をもう一度思い返す。
 私に、自分を“狩りの獲物”だと暗に示して。
 何かを諦めてしまったかのように、空笑(そらわら)ってみせる表情。
 深い絶望と嘆きと、一縷の喜びと希望を全て身の内に封じて。
 “誓い”を裏切った私を、貴方は時折、ただ、見ていた。

・・・今の表情は、あれとは違う。
微かにからかうような声と仕草には余裕があって、誘い掛けるような雰囲
気を作りながらもそう易々と得られない。
芝居掛かっているな、と思う。
メイラーに対しては、おそらく共犯的な心理を起こさせるための。
そして私への、<近付くな>というサイン。



  『・・・大昔過ぎて忘れていた。
  アレは 子供(ガキ)の俺にそっくりなんだ。』

 “答え”を思い出したことを彼が告げた後。
 別に大した話をしたわけではなかった。
 やっと目が醒めたばかりなのだからどうか無理をしないでくれと頼んで、
 暫くしてアルフォードの部下が呼びに来るまで、寝台に座った彼と壁を
 挟んで椅子に掛けて、他愛無い遣り取りをしただけだ。
 別れる間際に。
 口元に指を一本立てて、内緒の合図のように。
 硝子の壁の面(おもて)にそっと吐息が吹きかけられて、まるで子供が寒
 い時期に遊ぶように、曇ったそこに指先が記す。

  Xx×

 不揃いなクロスマークが三つ。
 何かを言いたいのだろうか、と問い掛けようとする私を留めるように表情
 が微笑む。悪戯っぽく細められた瞳で、片手の指先が口元に添えられ。
 揃えた人差し指と中指を振るようにこちらに向けた。
 「・・・・またな、クリス」
 少し首を傾げて、優しい響きが可笑しそうに笑う。
 投げキスの仕草だと悟って、既に曇りが薄れて消えた記号もキスの意味
 があったことを思い出す。
 何となく照れ臭く、それでもこんな状況でも胸が温かくなるような想い
 で微笑を返した。
  ・・・時間がある時なら、此処に来ることは自由だと言われている。
 また、会いに来ればいい。
 せめて、今はそれだけが許されることならば。



 でも。
貴方はそれでは駄目だというのですね。
状況が掴めてからでは遅いと、それ程の猶予は無いと・・踏んだのだろう。
 部屋を区切る硝子を、ふと、まるで水槽のようだと思う。
・・・・・・・。
以前、雨の日に。
少し憂鬱そうに拗ねていた風だった彼を、行き先を知らせずに人の気配の
薄い水族館に連れ出したことがあった。
“海”が苦手な彼がどれほど興味を示してくれるものかとは思ったのだが、
機嫌は直ったようで、少し寒いからと私の腕を抱えて。
そう広くも無い館内をのんびり眺めてから出るまでずっと、そうしていた。
・・・あの時は、確かに私と彼は同じ側に居て。
傍に在れたのに。
“距離”は近い筈のこの場で。
なんて今は遠いのだろうと。
 ふ、と。
音も無く溜息をついて。
口を開く。

 「・・・久々だ
 あなたのそんな姿は。」

やや低められていた遣り取りの声が途切れ。
ぴたりと、彼が動きを止める。
「・・・いつからそこに?」
疑問符の形を取るその声に、自分が喋っている自覚の薄い声が返す。
「お二人がベッドに腰かけた頃に。」
喉元に顔を寄せられていたメイラーは、予想の範囲内だったのか相変わら
ず表情の余り変わらない様子で薄い笑みを口元に浮かべて、横槍を挟まず
にいる。・・この際、応対の面倒が無くていい。

 「邪魔をしました。
 “食事”が済んだ頃にまた来ます。」

間を置かず席を立つ。
“観客”である私が去れば、マスターは双方に気を配らなくても済む。
ドアを閉じて、部屋から遠ざかる。
音はもう聞こえない。
気配ももう、直ぐわかるような位置ではない。
 ・・・・・・・・けれど。
漸く、実感を伴って認識した事実から。
沈み込もうとする意識を引き剥がすのには、意志を全力で奮い起こさなく
てはならなかった。
・・・。
何処に居るのか、わかっているのに。
其処にずっと居ると、知っているのに。
マスターに、会えない。


 目を醒ました時には。
生きていて、私を見て名前を呼んでくれただけで、今は十分だと思った。
でも。
・・・・・・・会いたい、逢いたい。
傍に居たい。
・・最後に触れたのは、此処に運び込まれる前で。
何も出来ないとわかっていても、離れたくなかった。
 壁の向こう側に行けて、あのひとに触れることが出来るメイラーに焼け
付く程の焦燥と嫉妬を感じる。
この状況で最初の手掛かりにそれを選ぶことが仕方無いことも、仮にも真
祖ヴァンパイアである彼がその気になれば一番確かな手段のひとつだろう
ということも。
理解は出来るのだが。
・・・・・・感情が。
今にも、駆け出して出来得る限り遠ざかりたいと思う気持ちと。
今直ぐ、踵を返して駆け戻って。
あの硝子の壁だろうが別の場所だろうが、壊せるものなら壊して、その場
からあのひとを連れて来たいという。
相反する思いに押し潰されそうで。
此処から動けず、壁に縋って倒れ込みそうになった。


  ・・・・・・それでもこれが。
 私の“選択”の結果に他ならないのだから。
 ・・私は。
 私に出来ることをしなければ。



***



 度々、空腹と種々の原因で気が立った私の八つ当たりも混じった撥ねつ
けの対象になっている貧乏籤の秘書を部屋から追い出し。
眠る気にもなれなかったがソファに横になった。
仰向けのまま、丁寧に綴られた文字を眺める。
微かに甘い香りのする封蝋を押した封筒に収められていた、九枚の詩のよ
うなメッセージ。
<手元に置いておけ>ということは、これは手掛かり(キーワード)か。
封は既に開いていて、当然ながら中は改められているだろう。
そのままわかるような伝言はされないだろうな。
・・・・。
それでも。
状況報告を恋文の体裁に変えたような文面に、ほろ苦いような切ない気分
に浸る。
会いたい、と。
一緒に居たいとあのひとも想っていてくれることに。

 ふと。
あの時、硝子に書かれた印を思い出した。
あれは・・・伝言を送るという予告代わりだったんだろうか。
一定の法則に従って整えられているこの“恋文”の末尾には、改まらない
間柄宛の手紙に使われる親愛の印は添えられていない。
・・けれど。
この便箋の上で、指が透明な印を描くのが見えたような気がした。
Xを三回重ねるとキスに聞こえるとか・・・そういう逸話を何処かで聞い
たような気もするが。
人差し指で、記憶の幻を真似るように便箋の上の中空に印を描く。
今は、これで返すことしか出来ないけれど。


  もう一度、貴方に触れられたなら。
  その時こそ直接、3つのキスを贈りたい。







る様のところのAtoZのXを読んで、あの硝子は曇るのだろうか?と、
レイフロの“落描き”を連想。
そして、更にうちのsov(ポリバケツ在中)まで関連連想した結果。
・・・・・無謀に走ってみました。

本編十九章の直後と、二十一章、二十二章を推測補完。
+上記ネタ混入。
+更に飛んで二十六章ネタ。

なんという無茶。
・・・・大変スミマセン・・・lllorzlll
(文脈の都合で出て来ないD4にもゴメン!TT)

あの辺りは改めて確認しても時間経過が少々わかりにくい。
「優しいチャールズさん」が区切りで、翌日辺りなのか?
チャーリーの服が同じで、既に予定をこなし始めていて、“生手”が到着
しているしね。
レイフロの病室は“夜”状態だけど、D4の読み上げている予定から推測
すると一応、日中(昼の12:00頃-14:00前の辺りか? つまり“昼休み”)
だと思われる。

ワンウェイミラー=マジックミラー(和製英語)。
明暗で見え方が変わるという材質のものだそうなんだけど、あれはその類
なのかよくわからないので「のような」。


キスマークはx3つ、ハグマークはo3つが基本なんだそう。
本来は小さく書くらしい。
Xのほうは、以前手書きの文通をしていた海外好きな知人がよく大小取り
混ぜて幾つも並べて模様のように使ってて、当初「飾り?」と意味を知らず
に暫く真似て返してたことが(笑)。
ハグマークは知らなかったYo。覚えました・w・♪


20111109:



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