[Black Rabbit]



「・・・・。
マスター?」
何をしているんですか、という呆れた視線をものともせず彼は上機
嫌だ。
「ふふーん♪
似合うだろう、これっ」
「似合・・・・わないとは言いませんが。
それで“外”には出ないで下さいよ」
何処かのマラソンか、エンパイアステートビルのランアップにでも
参加するおつもりですか、と嫌味とも疑問とも取れないような微妙
なトーンで呟いてみる。
まあ、日中のイベントに彼がまともに参加するのはそもそもありえ
ないのだが。

 リビングの床を軽い足取りで弾むように歩き回っている足元は、
飾り紐でスニーカー風に仕立てられた革製のスポーツシューズ。
ハイカットの足首の毛皮のような縁飾りのついた靴と、靴下から視
線を上げると、膝丈のハーフパンツ。
そして、襟刳りの大きめに開いたメッシュ地のノースリーブシャツ
の上に、ズボンと揃いの生地の“燕尾風”の襟と裾のある袖無しの
上着を羽織っている。
首に巻かれて胸元に落ちている、先に小さく毛皮飾りのついたリボ
ン状のチョーカー。
首後ろから頭の上に回されて結ばれ、まるで兎の耳のようにピンと
ふたつ伸びているバンダナらしきもの。
腰下まで優雅に伸びる燕尾の間には、ふわふわと丸長い兎の尾。
手には揃いの毛皮縁のついた黒手袋。
全てが濃淡や色合いの違う黒一色。
「うーん・・
早朝暗いうちの走り込みとかっ、なら問題無いんじゃないか?」
・・・・本当に、走るためのものなのか。
暫く閉じ込められていたのと、未だに周囲に警戒は怠れない状況の
せいで運動不足な気分なのだろうか?
「・・・・・・・駄目です」
シンプルめだが、素っ気無くはない機能美とお遊びの徹底振りに改
めて溜息をついてソファに腰を降ろすと、楽しそうに動き回ってい
た彼が近寄ってきて、ぽすんと身軽く隣に腰を降ろす。
「折角色々ちゃんと参考にして“作った”のに!
チェリーのいけず!」
「・・・何とでも」
額を抑えてもう一度内心で深々と溜息をつく。
エネルギーの余剰を使って思う通りに服装を変えられる能力は便利
だろうとは思うが、このひとに関しては時々の思いつきが問題だ。
自分の容姿が人目を引くことは自負と経験上もあって理解している
ようだが、時折何かに気を取られると非常に無頓着にもなる。
以前、遠目に見掛けて気に入られて、私のほうに“付き合っていな
いって言うんなら”紹介しろと言われて遠ざけたりするのに何度こ
っそり苦労したことか・・。
・・・・ああ、またあの時の飲み過ぎた失態の記憶が・・・・・。
私の潜めた嘆きに気付かない彼はお気楽に、のんびりと口を開く。
「・・・・。
うーん。俺が兎だからぁ、チェリーは“亀”な」
「・・亀の格好なんて、持って来られても絶対にしませんからね。
・・・・・・・・・“アリス”か何かですか?」
確か、ニセウミガメといういきものがいたような・・。
でもあれは、白兎だったろうか。
「あー、違う違う。
兎と亀が“追いかけっこ”をするほうだ」
「ああ、イソップですか」
成程、と思うがふと首を傾げた。
別に“おまえのほうが遅い”と言われても、このひとに能力で張り
合えるとはそうそう思えないので文句をつけるつもりは無いが。
その話のテーマは確か・・
「・・・・・・。
良いんですか? “兎と亀”の兎で」
能力が優れていても油断したら負ける、時間が掛かっても着実に歩
みを進めれば勝てる。
・・・あれは、そういう話だ。
おとなげなく結構負けず嫌いなところもある彼が、遊びの例えに使
うにしては不似合いかもしれないな、と思ったのだが。
「・・・いーや?」
ふふっ、と笑って彼は。
とん、と黒髪の頭を私の肩口に凭せ掛けた。
緩く波打っている流れが、ふわと揺れる。
「・・・・まあ、頑張れクリス君、ってことで」
「・・・。」
細めて微笑った目を閉じて力を抜いた身体の重みが、こちらの肩に
伝わる。兎耳のような布の端が、視界の端を掠めて。
「・・・・・・・
マスター・・」
何か、言わなければいけないことがあるような気がする。
けれども、何を、どのように言えば・・・・・
 思案しようとした時。


 リビングのドアの開く音と共に、賑やかな声が入ってきた。
「おーい、出来たぞ!
いやー、コレは中々着せ替え甲斐が・・・」
にまにまと機嫌の悪く無さそうなレイフェルが、ほれっ、と無造作
に背を叩いてドアの影から押し出したのは。
「・・・・・!?」
そこで心許無さそうにおろおろとした表情で困っていたのは、マス
ターの纏っている装束と部分的にバリエーションの違う対の“白兎”
の格好のレイモンドだった。
レイフェルはマスターとは近過ぎたり色々なわだかまりもあるよう
で普段はけして仲が良くは無いのだが。
レイモンドのことは素直で個性もあるということで、どうやら“年
下の弟”が出来たような感じで面白がっているようだ。
マスターのほうもレイモンドのことは気に入っているようだし。
「おぉ、流石俺の“弟”♪
特注で服作って貰った甲斐があったなー!」
・・・・・・・また便乗した無駄遣いを・・。
「マスター!! レイフェル!!
レイモンドは貴方がたの玩具じゃありませんっ!!」
「えー。いいじゃんかー。
減るもんじゃなし」
「チェリーのけちー」
・・・・・・・。
こういうところはそっくりで・・・・・・・確かに“双子”だ。
「いえその・・
チャーリー、私は構わないので・・・」
「レイモンド。
このひとたちをこういう類で甘やかしては駄目だ」
はしゃぐマスターとべーと舌を出すレイフェルがレイモンドの背に
隠れようとするのを手を伸ばして襟首を捕まえようとしながら。
 ・・・・・やれやれ、と。
やっと戻ってきた、けれど束の間だろう平和な喧騒に溜息をついた
のだった。




先日、る様と茶話していただいた余波(笑)。

「レイフロに着せるならどういうバニーが・・」
という脱線がちらっとあったので。
“おらの考えた妄想的レイフロ用バニー服”なのですが・・
絵で描けないのが口惜しくなって説明用に書いた。
・・・反省はしていない(殴)。



脱出後に暫くの平和をPlz!!という希望にて。
場所はどこか不明だけど、現状では元の自宅ではないのかな。
一時落ち着き先?

“飲み過ぎ”は音源パオレ同収Baby・Crisisの泥酔の原因の謎を
勝手に想定して混入。写真持ってたからそれで突っ込まれた可
能性とかのが高いんですが、本気の勝負しないとならないとな
るとなー・・・と思って(笑)。

レイモンドは一緒に行けるなら、
「クリストファーじゃなくてチャーリー。敬称は要らない」
でチャーリー+丁寧語になるのがベタ予想かなぁ。




因みに、〔 Empire State Building Run-Up 〕とは、
仮装ネタは無関係なのですが。
NY・マンハッタンにある、映画キングコングでも使われた綺麗な
造形の超高層ビルの
“高度320mの86Fにある展望台まで1576段分の階段を駆け上る”

という健脚を競う伝統あるイベントです・・。
はちじゅうろく・・・


20110915:



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