「ひみつ」


(…いないのかな…)
いつもの集合場所、社の前には今日は誰もいなかった。
まぁ、今日は約束とかはしてないし、と帰ろうかどうしようかと考えていると
せみの声が途切れてしんとしている社のまわりの木々のどこかから、
小さな音が聞こえた気がした。
耳をすませてみる。
…気のせいじゃない、みたいだ。

 音のする方へ静かに近づいてみると、背の高い茂みがあってその向こうは
見えなかった。
ぐるりと回ってみると少し下が空いているところがある。
そうっと潜り込んで茂みの向こうをのぞいてみると、そこはほんの小さな草地
だった。
一本の木と一つの平ための石。
石の上に、知っている姿が座っていた。
(なんだ…栄吉が描いてたのか)
さりさりさり。鉛筆が紙にこすれる音がする。
全体的に丸っこいりんかくをしていて気があまり強くないせいか、いつも何と
なく皆に押され気味で一緒に遊ぶときはどうしても後からついてくる感じになっ
ていた。
でも、絵を本気で描いている時は違う。
落書きしている時は、皆も一緒に何か描かない?とのんびり笑ったりもするけど、
本気で描いてる時はよそ見なんかしない。
トロいと怒るけど一緒に遊ばないのも気に入らないらしいリサが文句を言うから
皆が揃うまでか、中々揃わない時って決めてるみたいだけど。

気が付かないみたいだし、気が付かせたくないから、
そのままじっとして音を立てないように少し眺めた。
ほとんど背中しか見えてないので、顔は少ししか見えない。
目はじっと手の中のスケッチブックを見て、手は時々考える時止まる他は、
ずっと動いて描いている。
まゆがしかめられて、手が鉛筆を紙の上に置くと、横に置いてあったケシゴムを
取ってコシコシと消している。
たまにザッと全部消してしまうのも見たことがある。紙がボロボロになるまでく
り返しくり返し消して描いて、気に入るのが描けなければその紙は“ボツ”にな
ったりする。
かいたものをダメだってやめることらしい。
栄吉の父さんは「絵なんかナンジャクモノが描くもんだ!」とか怒るらしいので、
栄吉はスケッチブックの紙をカンタンに捨てたりできないのだ。
早く使ってしまうと、自分の好きなものを描いて使っているのがバレてしまうか
ららしい。

すごくがんばっているけど、上手かったり、あんまり上手くなかったり、イマイ
チだったりする。
時々淳やリサがこれを描いてみて、あれを描くとどうなるの?、と紙を持ってき
てたのむこともあったりして。出来が悪いとリサはブーブー言うんだけど、そこ
そこ以上だと「これはまぁまぁよね、とっとこーっと♪」と社の縁下の隠し場所
の自分の箱の中にしまったりする。 淳は父さんが学校の先生をしているので、
要らない紙とか半端なノートとか結構あるらしい。何度か「これあげるね」、と
紙の束を持って来て栄吉をうれしがらせていたりする。淳もやっぱり、気に入っ
た絵はもらって、自分の箱に入れていた。  …ので俺も前に一枚もらった絵を、
同じようにしまってある。
 栄吉くんがもっと上手くなったら、ガクに入れて秘密基地のどこかのかべにか
ざるといいわよ、といつもニコニコして絵を眺めているお姉ちゃんが言うんだ。
想像してみると結構イイカンジ、な気がする。
枠をつけるとそれだけでかなり違って見えるのよ、と木の枝でまわりを囲ってみ
せてくれて、ナルホドと皆ナットクした。
枠かかざりにつけるものと、接着剤と板があれば、写真とかでもできるらしい。
その時にはやってみよう、と皆で色々考えるのはとても楽しかった。
 栄吉に、皆のそろっている絵を描いてもらうんだ。
 そして、よく見えるところにかざろう。

栄吉は、まだ描いている。
今日は帰ろうかな。
そっと茂みをあとずさりしてはい出して、音を立てないように気をつけて社のほ
うへ帰る。
やっぱり今日は他の皆は来てないみたいだ。
都合が悪いんだろう。

(帰ろっと…)
一度、茂みのほうを見てみるけどもう一度鳴きだしたせみの声にまぎれて、あの
小さな音は聞こえない。
(またな、栄吉)
声に出さないでつぶやいて、くるりと向きを変える。
明日は天気かな。

ずっとずっと、遊べるといいな。


                                         了.

20040625up:



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※ネタ元原典:ペルソナ2・罪(ATLUS)。 勿論ですが個人的なお遊びの落書きにつき、ネタ元の製作会社等には無関係です。